第41話 作戦会議(2) Strategy Meeting

文字数 1,808文字

「君が来たということは、ミイラの怪事件の話か?」ニーチェは、静かな声で尋ねた。ゲーテはうなづいた。
「クリスから今、その話を聞いたんだ」
 ゲーテは冷静な顔になる。
「ニーチェは、この事件、どう思う?」
「絶対に、カミーラと関連しているね」ニーチェは、少し迷った顔をした後、片手を頭に当てながら話を続けた。
「けど、どうやって殺害しているのか。それが分からないんだ」
「うん。……ニーチェは、カミーラの研究をしてただろ? 例えば、彼女の特殊能力なんて知ってたりはしないのかい」
「特殊能力?」ニーチェは、知らないふりをした。
「不死身以外に。姿を消せるとか」
「うん」
 ニーチェは、うなづいて話を始めた。
「状況証拠から、カミーラは、姿を消せる可能性が高い。けど、この厳しい監視の中、何度も侵入して来るとは思えない。せっかく逃げたのだ。もし何度も戻ってくるのなら、そんな危険を冒してでも、彼女が戻って来なければならない理由があるはずだ。そうでないと、辻褄が合わない」
「なら、まだ逃げられていなくて、この研究所のどこかに潜んでいるということはないか?」
「あれから二ヶ月も経過してるんだ。隠れ続けられるはずがない。それとも、ここの所長である君は知っているのかい? 地下三階の実験室のような隠し部屋を」
 ミスリードをさせると同時に、ニーチェは、ゲーテが知っている情報も引き出そうと思った。特に知りたいことは、ワニのおもちゃの行方と、自分が犯人だということがバレていないかどうかだ。
「やめてくれよ」ゲーテは自分が非難されているように感じたのだろう。小さな笑いをニーチェに返した。ニーチェは、ゲーテの動作を注視し続ける。
「君は、ずいぶんと余裕だな。早く捕まえなきゃ、僕たちも殺される可能性があるんだぜ。それなのに、まるで、カミーラを放っておけば、時間が解決するとでも思っているかのようだ。まさか、時限式の爆弾や毒でも飲ませているのかい? だったら逃げ切ればいいけど」
 ニーチェは、冷静にゲーテを見つめ続けた。ゲーテは、驚いて両手を振った。
「まさか。もしも爆弾や毒を体内に埋め込んでいたとしたら、毎日実験していた君が、一番よく知ってるはずじゃないか?」おかしな反応はない。ゲーテは何も知らないようだ。
 ニーチェは視線を外して、自分の艶やかな腕を見た。もし、カミーラの血に毒が混じっているのだとしたら、噛まれていたニーチェの腕にだって、何らかの反応があるはずだ。爆弾なら、カミーラの体に、傷口やしこりがあったはずだ。それは、身近にいたニーチェが一番分かっているはずだ。ゲーテは、そう言っているのだ。
「確かにな」ニーチェは呟いた。けれども、ニーチェは知っている。カミーラに射たれた毒は、アルカディアンにしか効果がないということを。リアリストであるニーチェには、何の効果もない。
「どうしたらいいかな?」ゲーテは、少し早口で、ニーチェに尋ねた。
 ゲーテは、ワニのおもちゃのFについては何も知らない。ニーチェが犯人だ、とも疑っていない。ならば、次の作戦に入る好機だ。ニーチェは、自分の腕を触りながら言った。
「もっと警備は増やすとして……。ゲーテ。君はどうしたいんだい? このままでいれば、また、誰かが殺される可能性が高い。それは、僕かもしれないし、君かもしれない。もしかしたら、ターゲットは、第一研究所にいる全員かもしれない。……カミーラを捕らえるというのなら、僕も手伝うよ」
 ニーチェは、たくさん考えたという表情をした。ゲーテは驚いている。
「いいのかい?」
 ニーチェは、冷笑して髪をかきあげた。
「僕は、彼女を大事にしたかった。彼女との約束を守りたかった。だが、ワーグナーたちのやったことを考えると、もう、カミーラを止められない。こぼれたミルクを嘆いても意味がない。そして、これ以上の犠牲が出ることは、僕だって望んでいない。ただし、だ。僕は、彼女を殺さない。話し合いをして、団員を殺さないことを条件に、僕たちの目が届かない中国あたりにでも逃してやりたい。極東アジアなら、十二貴族たちの権力も、欧米ほどではないだろう」
 ゲーテは、少し考えてから、大きくうなづいた。
「分かった。君の方針を全部飲む。今度こそは、裏切らない。信頼できない本部にも、内緒でおこなう。ニーチェ。力を貸してくれ」
 策は成った。ニーチェは細身の腕を突き出し、力強く、ゲーテと握手を交わした。
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