第57話 オポポナックス(1) Sweet myrrh

文字数 1,553文字

 ニーチェは部屋に戻り、一晩考えた。ゲーテは友だちだ。彼を訴えようなどという気はサラサラない。本人がどれだけ酷いことをしたのかは分かっていて、それでもなお、自分に告解してきた。ニーチェは、友を売るような真似はできない。
 それに、今までもたくさん、自分は助けてもらっている。本来の自分なら、殺されていてもおかしくないところだ。それを、こんなにも良い身分で生かしてもらっている。ゲーテと自分は、いわば、悪の同士だ。一生裏切る気はない。
 だが、同じ友だちであるクリスティアーネは可哀想だ。素質テストの改竄については話せない。だが、今の意志を聞き、所長推薦として、再び、赤マントを授けるのも悪くはない。黒マントでいてくれている今の状況は、とても助かっている。だが、彼女の人生は、自分で決めたほうがいいのではないか。
 インスピレーションとは、終始考えている思考に、新しい情報が飛び込んできた瞬間、湧き上がるものだ。二人の友だちについて考えていたニーチェは、急に、どこか、カミーラのことについてのとっかかりを感じた。
 全く関係ない事件だということは分かっている。だが、何かが引っかかる。三十分ほどベッドの中で考えてみる。突如、ニーチェの頭に、その繋がりが、言葉として浮かび上がってきた。
 そうだ。クリスティアーネ。彼女に、錬金術師としての素質があるというのなら、彼女の血だけは、まだ調査していない。気づいた瞬間、ニーチェの心臓が、激しく動き出した。もう、調べずにはいられない。
 その日は一睡もできなかった。窓から外を見続け、太陽が顔を覗かせると同時にクリスティアーネに連絡し、実験を手伝ってくれるようにと申し出た。
 クリスティアーネは、好きな人を焦らすために、わざと連絡を遅らせたりはしない。すぐに連絡を返してくれた。ニーチェは喜びと共に、彼女のことを、なぜか好きだと思い始めていた。

 とはいえニーチェは、クリスティアーネに対して、全てを打ち明けることはない。「君以外には誰にも見せたくない実験なんだ」とだけ言い、実験に協力してもらった。少量ではあるものの、クリスティアーネの血液を採取し、分析する。希望と不安と興奮で手が震える。
 FDの使用には、性格も大きく関連する。クリスティアーネの明るい性格は、毒のFDを扱うようには感じられなかった。だが、ワニのおもちゃのようなFDという部分では、無邪気さを感じさせる。また、毒と思うと、彼女は心の中を言わない。ポジティブな部分しか見せない。もしかしたら、その部分の性格が、毒のFDを使う素質と被るかもしれない。
 何度か実験をしてみたが、少量の血では、はっきりとした結果は分からなかった。だが、彼女の匂いを嗅ぐと、なぜか、心臓に絡みついた薔薇の棘の痛みが安らぐ。ニーチェは心の中で、どこか、結果を知りたくない気持ちを持っていた。そして同時に、知りたくないと思うことが、クリスティアーネの血が、カミーラの解毒に適合する確率が高い、ということの証明だということも分かってしまっていた。
 しかし、カミーラの最終解毒期限は迫っている。必然的に、はっきりとした証拠を掴むための行動に出なくてはならない。
 数日後、ゲーテは、第一研究所での仕事を終えて帰った。友がいなくなると、再び、この研究所は、ニーチェが一番偉くなる。そして、今が、行動をする好機だ。
 ニーチェは毎週、黒マントに頼んで、チーズケーキを買いに行ってもらっている。だが今回は、クリスマスが近づいていることを理由に、クリスティアーネに頼む。クリスのセンスでお願いしたいんだ。その一言で、クリスティアーネは喜んで買いにいってくれた。これで、誰からも見つからない状態が作り出せた。ニーチェは、緊張しながら、彼女の部屋へと侵入した。
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