第2話 友達(2) Friends

文字数 932文字

 コツコツ。ニーチェの背後から、爪を立てて扉を叩く音が聞こえる。この扉の叩き方はクリスティアーネ・ヴルピウスだ。彼女もまた、ニーチェやゲーテと同じく、同期の同い年でGRCに入団してきた。ニーチェやゲーテと違って錬金術師にはなれなかったが、一般団員として第一研究所を支えている。
 彼女は何かがあると、すぐにニーチェの部屋を訪れてきた。ニーチェにはゲーテとクリスティアーネ以外に友達がいない。それゆえ、友達というのはそういう不躾なものだと思っている。
「いいよ」
 ニーチェの言葉の後、忍びやかに扉が開く。背が低く、レースのついた寝巻きを着たふくよかな女性。黒いパーマにいつものカチューシャ。やはりクリスティアーネだ。豊かな胸の双丘には、首から下げた黒いカードが挟まっている。
 ニーチェはクリスティアーネの顔も見ずに、ただ中庭に止まった馬車を眺めていた。
「帰ってきたわねん」クリスティアーネはベッドに座り、ニーチェの横顔をじっと見つめる。
「うん」ニーチェはクリスティアーネの視線には気づかない。
 馬車からは、赤いマントを羽織った大男が降りてくる。オールバックの黒髪と口髭。ヘビー級のキックボクサーのような体格。やはりゲーテだ。二十二歳とは思えない威厳がある。近くに寄ってきた年上の部下たちに声をかけ、真っ直ぐに研究所へと入ってきた。
「多分ここに来るわん」クリスティアーネは嬉しそうに言った。
「いやあ。来ないでしょ。あいつは忙しいし、それに……」ニーチェが否定しているうちに、足音は迷わず、ニーチェの部屋までやってきた。
「ニーチェ。入るぞ」ゲーテは一言断り、返事を待たずに入ってきた。友達なのだ。不躾は仕方ない。
 真夏の熱気を大柄な体に溜めているのか、それとも元々の濃い顔のせいか、ゲーテが部屋に入った瞬間、一気に室温が急上昇した。そのまま暑苦しくクリスティアーネに近づく。魂までもが燃えているようだ。体臭までもが熱い。
「クリス。錬金術師同士の話だ。席を外してくれ」ゲーテは真っ直ぐな視線でクリスティアーネを射抜いた。
 幼馴染の仲じゃないのという顔をした彼女は、ゲーテの真剣な目つきに負けた。つまらなさそうにベッドから立ち上がり、舌を突き出して少し乱暴に部屋から出ていった。
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