第81話 神々の黄昏(3) Götterdämmerung

文字数 1,653文字

 ドーン。
 雷が落ちたかのような音がした瞬間、カトゥーは、ニーチェにナイフを突き立てていた。雷の速度で動けるFDのようだ。いくらニーチェがMA2を使用しているとはいえ、至近距離からの落雷を避けられる人間はいない。だが、ニーチェは、『ノートゥング』も発動している。これも自動で避けた。
 だが、さすがに二人同時に相手をしている余裕はなさそうだ。カトゥーとの戦いに集中するため、ニーチェは、反対側から攻撃してきたエムボマを蹴り飛ばした。
 肋骨を砕いた感触。『ニーベルングの指環』を使用しているのだ。軽い攻撃でも、常人の命なら楽々と奪うことができる。エムボマは、壁に叩きつけられた。もう動けないはずだ。ニーチェは、カトゥーに集中した。
 部屋の壁を上下左右に反射しているカトゥーは、同時に、放電も開始した。複数の効果を持っている、ランクの高い雷系FDのようだ。部屋のほとんどの場所に、電撃が溢れている。
 だが、ニーチェは余裕だった。もはや肉体も、神に匹敵する力を持っている。背中にある、菩提樹の葉程度の弱点をPSで覆えば、あとは、放電を喰らっても、何の痛みも傷も受けない。もはや、自分で死のうと思わなければ死なない。私は無敵になった。
 ニーチェは、笑みを浮かべながら、それでも、放電を怖がるフリをした。いくら『ノートゥング』で自動的に攻撃を回避できるとはいえ、まだ、この鳴り響くピアノ音楽の正体も分かっていない。万が一を避けるため、背中の弱点を知られたくもない。
 ニーチェは、『ノートゥング』を高く掲げた。カトゥーは、雷と同じ速度で移動する。その分、直線でしか動けない。ニーチェは、カトゥーの移動順序と位置を計算し、罠を仕掛けた。いくつかの陽動で、目の前を移動させる。その、通り過ぎる瞬間に、剣を打ち下ろした。高速を斬るのは至難の業だ。真っ二つとはいかない。だが、感触はあった。
 カトゥーは攻撃を止め、一気に十メートル後退した。息を切らし、ニーチェを睨んでくる。だが、心は折れていないようだ。まだ勝算を持っているのか、その目は嬉しそうに輝いている。
 ニーチェは確信していた。一度では致命傷を与えられなかった。だが、あと何回かの攻撃の間には、必ず、カトゥーを撃ち落とすことができる。エムボマは、壁にもたれかかったままだ。もはや、満足には戦えないだろう。
 これで、KOKの二人との実力差を見せた。これから、ゲーテを倒す。とはいえ、ただ、危機に陥らせたいだけだ。本当に倒そうとは思っていない。ゲーテを傷つけ、KOKのメンバーを殺害し、バゼドウに恐怖を与え、GRCに絶望を感じさせる。絶体絶命の危機。そこを、重症のゲーテが救う。これこそ、英雄らしい勝ち方だ。
 全てがうまくいっている。ニーチェは目を細め、KOKの二人に微笑んだ。
「貴方がたは、ゲーテのお供に過ぎません。私は、ゲーテとお話がしたいのです。邪魔をしないでください。オーポポポポポ」ゆっくりと、ゲーテに向かって歩いていく。
 ゲーテも、圧倒的な実力差は分かっているようだ。それでも、目の中には覚悟が感じられる。剣を抜き、両手で構え、悠然とニーチェを迎え撃つ。
 剣は『ゴールデン・グローリー』。PSをオリハルコンに変成させて作られた逸品だ。オーラを注げば、MA2状態の錬金術師ですら切り裂くことができる。そして、四年前に、ニーチェとゲーテが共同で作り上げた作品でもある。いわば、友情の証だ。
 友の証こそが、友を殺す武器。世界の美しいモノは、常に相反するもので構成されている。男女。愛憎。リアリストとアルカディアン。物事は、片側から見ても本当の形は分からない。両側を一度に表現しようとすれば、その時は、ピカソの絵のように、不自然な形になってしまう。
 一人では表現できない美の極地。歪な個性たちは、お互い交わらないことで、一つの頂点を迎えようとしていた。
「やはり、その剣を持ってきましたか」
 ゲーテは、目に力をこめた。見つめ合うことで、ニーチェに対する全ての愛情を語った。
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