第42話 罠(1) Trap

文字数 1,837文字

 ニーチェの助言により、ゲーテはすぐに、カミーラ討伐隊を結成した。偵察用の目玉、FDD『ドーゼンズ・オブ・チルドレン』を操れるパウル・レーAFD。賢者の石、PSを扱う女流剣士、ヘンリー・ルーAPD。相手の外見から動きを読み取るFDC『観相学断片』を持つヨハン・カスパー・ラヴァーターAPB。そして、ニーチェと共に、ドイツ流戦場武術カンプフリンゲンとドイツ流剣術を学んでいるゲーテAPC。五名の錬金術師と、十名の黒マント団員で編成された討伐隊。第一研究所の最大戦力だ。
 一行は、春の陽光が眩しい昼の間に、余裕を持って、古城へと向かう。ニーチェは、秘密兵器と称して、ホムンクルスを含めた大量の実験器具を、別の馬車に入れて運んでいった。
 古城は変わらず、森の奥の崖の上に、ひっそりと聳えている。威風堂々としたその姿は、一キロ先からでも確認できるほどの大きさだ。敷地面積は、レーヴェンブルク城の半分ほどしかない平城だが、一本だけ、高い尖塔が建っている。不動産登記によれば、シェリダン・レ・ファニュ城というらしい。
 カミーラ。待ってろよ。僕が助けに行く。ニーチェは、馬車の中で、錬金術師全員に説明した。
「僕は、前回行った時、それとなく、城の内装も確かめておいた。カミーラを説得したのは大広間だったが、僕と話すために、彼女は、塔に続く螺旋階段から降りてきた。間違いない。彼女の部屋は、あの塔のてっぺんにある」
 五十近くはある部屋数と、迷路のような古城の内部。実際、ニーチェは、牢屋までの行き方しか知らない。けれども、カミーラが幻を作り出せることは知っている。敵を逃げ場のない高所まで登らせることは、彼女にとって都合がいい。さらに、逃げ場のない高所なら、MAの弱点である睡眠薬で部屋を満たすことも容易だろう。
 実は、蜘蛛の巣へと飛び込む蛾の群れである事実も知らず、錬金術師たちは全員、ニーチェの経験談をありがたがって聞いた。
「そうか。すでに、ここからでも尖塔が見えている。ということは、あちらからも、俺たちが来たということが見えていると考えなければいけないな」ゲーテの言葉に、ニーチェはうなづいた。
「だったら、この辺りで馬車を止めて、古城へは密かに近づき、闇夜に紛れてカミーラを狩る、という作戦はどうでしょう」ラヴァーターが、自信ありげに提案する。
 だが、ゲーテは、ニーチェと視線を合わせた後、「相手は吸血鬼。夜は敵の思う壺だ」と反論した。おそらく、ニーチェの、「話し合いをしたい」という意思を尊重してくれたのだろう。いい友だ。心が痛む。
「そーね。私も、夜に攻めるのは大反対。だって、相手は吸血鬼だし」ルーも、ゲーテに同意した。
 密かに侵入するならば、遠くから森の中を歩いて近寄らなければならない。季節は四月。とはいえ、夜はまだ寒い。しかも、闇夜の中を手探りで進軍するというのは、現実的でない。森の夜は暗すぎる。できることなら、昼間に馬車に乗って古城まで行き、まだ暖かいうちにケリをつけたい。
 ルーは、自分の強さに自信を持っている。カミーラのことを舐めている。なるべく楽をしたいのだ。
 こうして、ニーチェたちは、予定通り、昼間に攻め込むことに決めた。
「それで、どうするのです? それぞれが分かれて攻め込むか? それとも、全員で一気に攻め込むか?」もう、ラヴァーターは、作戦なんてどうでもいいというような顔をしている。みんなと話しているうちに、自分自身でも、吸血鬼なんて敵ではないという気持ちになってきたようだ。相手の外見から動きを読むことが得意なラヴァーターは、同時に、他人の気持ちに感化されやすくもある。
「戦力は、分散させずに集中させた方がいい。これは、戦術の基本だ。だが、そのせいで、相手を逃すことがあるかもしれない。ここは、レーの『ドーゼンズ・オブ・チルドレン』をそれぞれが利用し、カミーラを見つけたら、無線で知らせて、全員で、同時に攻める形にしよう」ゲーテのカリスマ性はさすがだ。話は簡単にまとまった。
 ニーチェたちはまず、このまま、レーが監視しているテントまで馬車で移動する。その後、団員たちに休憩を与える。その間に、テントからチルドレンを飛ばし、カミーラの姿を探す。見つけたら、見失わないようにして突撃する。練りに練った作戦だ。
 だが、こうして考えた様々な作戦は、ニーチェたちがテントに到着した瞬間、全て無駄になった。なんと、古城の門が開き、カミーラが、自ら出てきたのである。
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