第84話 黄金の夜明け(1) Golden Dawn

文字数 1,768文字

 ニーチェが眠っている間、物語は三週間前、ラインの黄金まで遡る。これは、ゲーテの話だ。
 GRC本部の大会議室でニーチェに敗れ、クリスティアーネを失ったゲーテは、FDB『エリクシール・ポワゾン』の毒にやられ、長い間、気を失っていた。
 ゲーテは、夢を見ていた。
 暗い空間に、二つのスポットライトが差している。片方は、椅子に座る自分。もう片方は、椅子に座るスーツ姿のフクロウマスク。KOKのプロフェッサー・オウル。ヤマナカだ。
 ヤマナカは、優しくゲーテに話しかけてきた。
「ゲーテ。今、君が人生をやり直せるとしたら、どこからやり直したいんだい?」
「死して悔いなし。少しだって、やり直しなどは、したくない!」
 ゲーテは太い声で虚勢を張った。人生はやり直せない。現実主義者であるゲーテにとって、出来ないことを他人に話す意味がない。
 ヤマナカは、さらに優しい声で囁いた。
「なにも、肩肘を張らなくたっていいんだ。私は、味方だよ。君は、クリスティアーネとニーチェを、再び、自分の元に取り戻したい。そうではないかね?」
「そんなこと!」ゲーテは、必要以上に激しく否定した。
「出世と友達。君は、出世を選んだ。現実と理想。安定と快楽。これらは全て、どちらかを選ぶものではない。バランスを取るものだ。ゲーテ。君は、出世と友達。両方が欲しくはなかったかい?」
「そんなこと……、出来るもんか!」
「いや。まだ、今からでも間に合う」
 静寂。ゲーテは、ヤマナカの優しい言葉を待ち望んでいた。
「友達と出世。両方を取ることは、今ならまだ、出来るのだよ」
 ヤマナカの声は、ますます優しくなる。
「出来るはずがないだろう!」
 ゲーテは自分が、駄々を捏ねる赤ん坊になったように錯覚した。
「それでは、ゲーテ君。君は、この後、ニーチェと戦うだろう。場所は、古城の最上階だ。ニーチェは、君に殺されようとする」
「そんなはずはない!」
「どうしてそう思うのかね?」
「あいつは、……ついさっき、俺を殺そうとしたんだぞ! GRC本部にいる全ての団員を、皆殺しにしたんだぞ!」
「ホー」ヤマナカは一声鳴いて、続けた。
「だが、君は殺されなかった。そして、団員の皆殺しは、残虐な君が望んでいたこと。そうではないのかい?」
 自分の計画をどこまで知っているのだろう。ゲーテは、何も返せなかった。ただ、ヤマナカの話を聞くだけだ。
「まだ間に合う。ゲーテ君。君はただ、古城の窓から、ニーチェを谷底へ突き落としてくれ。後は、我々がニーチェを治療する。そしてクリスティアーネも、我々が生き返らせてみせよう」
 ゲーテは激しく憤った。あまりにも現実的ではないからだ。
「ニーチェを助ける? クリスを助ける? どうやって? そして、助けたところで、三人の仲は、二度と元には戻らない。現実を見てくれ! 不可能なものは、不可能なんだ! どちらか一方を選ぶ。それしか道はない!!
「そう。現実を見てくれ」
 ヤマナカの影が伸び、全身黒の人間が現れた。
「ニーチェは、彼が助けよう」
 影は、腰に手を当てて、いかにも偉そうだ。
「俺様はシャドーマン。お前と共にニーチェの元に行き、そいつの意識が途切れた瞬間、錬金医師の元にワープさせる。それが出来る男。それが俺様だ」
「そしてクリスティアーネも、うちのドクター・プリンスが治療することができる。彼女は、ミイラ化していないだろう? 彼女を殺す瞬間、ニーチェは躊躇った。それをキッカケに、FDを使う能力が、成長したのだ。ニーチェのいない間に、密かに彼の研究室へと侵入し、クリスティアーネを助けられることは確認できている」
「しかし、ニーチェとクリスが助けられたとして、俺たち三人は、絶対、再び仲良くなれない。ニーチェは、クリスや俺を殺そうとした。俺の気持ちが収まっても、クリスはさすがに、ニーチェを怖がるはずだ」
 一度否定しようという気持ちになると、感情が同じ方向を向き続ける。ゲーテは、柔軟な気持ちに戻れなかった。
 だが、ヤマナカは、相変わらず優しく諭す。
「まず、ニーチェのことだ。彼は、君を殺そうとはしていない。彼は強い。もし本気なら、君なんて今頃、爪も残らず消滅している。彼は、君の政敵を全て抹殺し、君を英雄とするために、あえて汚名を被っている。そのこと、君も、うっすらとは気づいていると思うが……」
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