第39話 一人目 First Person

文字数 1,793文字

 誰がカミーラに毒を射ちこんだか。犯人の目星はついている。カミーラ研究をしていた錬金術師、すなわち、ワーグナーADA、トリスタンAPC、イゾルデAFCの三人。彼らのうちの誰かだろう。
 彼らの血を奪い、毒を解除する。同時に、カミーラのいう、ワニのおもちゃのようなFも見つけたい。それらがあれば、解毒の確率は上がる。だが、分析や実験の時間を含めると、期限は一ヶ月もない。
 ニーチェはまず、赤マントをつけている錬金術師、ワーグナーADAを狙うことにした。三人のリーダーで、ランクも高いことから、犯人の可能性が一番高い。
 血を吸い出す方法は、すでに開発できている。カミーラの大量の爪や髪を凝縮して製作した、FDS『ダスティネイル』。相手の血を吸うことにより、相手の能力を取り入れることができるFだ。
 奪った血液は体内にストックされ、ニーチェの体表に、薔薇の刺青のようになって浮かび上がる。血の効果は、薔薇が散るまでは使用可能だ。薔薇に溜められた血液は劣化せず、使用しない限りは永年保存できる。これを使用すれば、カミーラの毒を解除することができるはずだ。
 ニーチェは、FDD『ノーフェイス』を唇に塗り、ワーグナーが街から帰ってくるタイミングを見計らった。彼が酔いながら、自分の部屋のドアを開ける。後ろから、そっと忍び寄る。同時に、左人差し指につけたダスティネイルを、ワーグナーの首に突き立てる。
 ダスティネイルは、ただ、血を吸うだけではない。暴れられないように、さらに改良を重ねている。刺さると同時に、強力な睡眠物質も注入できるのだ。蚊が血液を吸う際、同時に、かゆい物質を注入するという方法を応用して製作した。
 もともと酔っていたワーグナーだ。こうなると、ひとたまりもない。考える間もなく、ワーグナーは、ニーチェの腕に抱かれて眠った。
 四十代の男の無邪気で好色な寝顔。こいつが、カミーラを虐めていた張本人だ。眺めているだけで、体の奥底から憎悪の感情が湧く。憎悪が雲霞の如く、体内を覆い尽くしていく。待て。やめろ。ニーチェは左腕を押さえた。だが、止まらない。FDが暴走する。『ダスティネイル』が、ワーグナーの血を吸い続ける。
 ようやく制御できた時、ワーグナーは、シワシワの、乾いたミイラと化していた。そして、ニーチェの左肩には、赤黒く育った、大輪の薔薇の刺青が咲いていた。
 ニーチェは戦慄いた。初めて、人を殺してしまった。だが、同時に、なぜか、そこまで大きな喪失感も感じなかった。報復だと思っているからだろうか。死体がミイラになって、現実味がないからだろうか。それとも、普段から、ホムンクルスを研究で殺しているからだろうか。まぁ、原因を考えても仕方がない。今必要なことは、結果だけだ。ニーチェはとにかく、自分の心が、あまりにも落ち着いていることに驚いた。
 床には、ミイラと赤マントと共に、複雑な彫刻が施された指輪が落ちていた。ニーチェは、拾い上げ、まじまじと眺める。これが、噂に聞いたFDS『ニーベルングの指環』に違いない。触れてみると、明らかに素晴らしいFだ。研究欲が湧き上がる。早く分析してみたい。ニーチェはそっと、指輪をポケットの中に入れた。
 人が死んだ。とはいえ、深夜なので誰も来ない。時間はありそうだ。ニーチェは、ミイラの首にかかっている赤いカードを使い、彼のものだった部屋の扉を開けた。
 中はシンプルだ。GRCから提供されている家具以外、何もない。寝るためにしか使っていなさそうだ。棚にも、机の引き出しにも、何一つとして物が入っていない。少し見れば、すぐに分かる。ワーグナーの部屋には、ワニのおもちゃのFは置いていない。
 ニーチェは、ガッカリした。ここでワニのおもちゃを見つけられれば、ワーグナーの血で解毒できることは確定だ。あとは実験をすればいい。だが、ワニのおもちゃがなかったということは、毒のFの使用者は、ワーグナーではない可能性も高い。トリスタンとイゾルデ。他の二人のことも調査しなくてはならない。
 何人もの錬金術師を襲撃することは得策ではない。しかも、密かに血を採ろうと思っていたのにも関わらず、今回は死人を出してしまったのだ。他の錬金術師に手を出すことは、さらに難しくなるだろう。ニーチェは残念に思いながら、自分の跡を消し去ったことを確認し、そっと、殺人現場を離れていった。
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