第7話 古城(2) Old Castle

文字数 1,756文字

 扉は簡単に開いた。入ってすぐは、巨柱が整然と並んでいる大広間だ。石壁だからだろう。夏だというのにひんやりとしている。正面奥には大階段があり、左右にも三本ずつ、奥へと続く通路がある。かなり遠くの左奥には、直径十メートル高さ三十メートルほどの長い螺旋階段も見える。尖塔の頂上へと向かっているのだろう。
 埃が溜まっている部分が散見される。ところどころの隅には、蜘蛛の巣も張っている。そこまで掃除の行き届いた城内ではない。だが、誰も使用していないようには見えない。通路の端々に、日常から人が歩いているような跡がある。また、消費されるはずの蝋燭も補充されている。人が棲んでいることは明らかだ。
 ニーチェは大広間の中央まで進み、再度、声を上げる。
「私は、貴方と話し合いがしたい。我々の軍隊によって、この城に失礼なことをしたくないのです。突然で、嫌な気分になっていることは分かっております。けれども、そんな状態でも、貴方は人を殺さなかった。良識のあるお方だと、私は思っております。絶対に安全な方法をとってくださって結構です。言うように従います。私のお話を聞いてはいただけないでしょうか?」声が響き渡る。しばらく待つが、やはり返事がない。
 仕方がない。少し探索しよう。ニーチェが歩き出したその時だった。
「待て!」遠くから声がする。奥の通路の曲がり角。五十代以上の男性の声。しかもドイツ語ではなく、流暢なイギリス英語だ。
 女吸血鬼ではなさそうだが、ネズミの尻尾は見えた。後は本体を掴むだけだ。いきなり動けば相手も警戒する。ニーチェは立ち止まり、ゆっくりと両手を挙げた。
「話を聞けば、私に危害は加えないか?」男の声。
「もちろんです」ニーチェも慣れない英語で返す。
「安全な場所でいいのだな?」
「はい。貴方を信用しておりますので」
 少し黙った後、男性の声はニーチェに指示した。
「よし。ならば、私の言う方向に向かって歩いてこい」
「分かりました。ありがとうございます」
 ニーチェは、男の声の指し示すままに、複雑な通路を歩いていった。二階左の突き当たりの鉄扉を開ける。薄暗い。小さな牢屋が三つ並んでいる。入口は鉄格子だ。
「牢屋に入り、そこにある鍵で自分の牢屋を閉め、鍵を自分の届かないところへと放り投げろ」声だけの男は、ニーチェに指示した。
 自分から檻の中に入る。これで騙されていたらただのバカだ。だがニーチェは、天才であると同時に、底抜けに人を信じたいただのバカだった。それに、自分とゲーテの力を信じている。牢屋には窓があるので呼吸はできるし、ゴールデン・グローリーがあれば鉄格子を破壊することもできる。さらに二時間経てば、ゲーテが助けにやってくる。
 声の主は、ニーチェの姿をどこで見ているのか分からない。城中に監視カメラがあるようにも思えない。だが、的確に指示してくる。見えていることは間違いない。こちらが反抗の意思を見せれば、姿を見せないまま逃げてしまい、二度と話し合うことは出来なくなってしまうだろう。
 ニーチェは、大人しく男の指示に従った。牢屋の鍵を閉め、鍵を放って遠くに投げた。チャリーン。カラカラ。投げてしばらくすると、声の男がそのまま話す。
「ふむ。では、要件を話してくれ」
 男は姿を見せなかったが、ニーチェは懇切丁寧に、今までの経緯について説明した。さる貴族から、女吸血鬼退治の依頼を受けたこと。第一次討伐隊が何の成果も得られなかったこと。自分は危害を加えるつもりはないが、黄金薔薇十字団の立場としては、ここにいられる以上、成功するまで規模を大きくして攻め続けなければならないということ。完全にこちらの勝手だということが分かっていながらも、資金を渡すので、貴族の目の届かないところへと移住して欲しいという願い。ニーチェは隠すことなく、全てを話した。
 話を聞き終えた後、小さく相槌を入れてくれていた男の声が途絶えた。
 自分は全てを包み隠さず話した。後は、男の返答次第だ。ニーチェは綺麗な姿勢で座り、城の主からの返答を待った。
 十分ほど経過しただろうか。廊下から、ハイヒールの音が聞こえる。足音は響きながら徐々に近づき、そして、部屋の前で止まる。ニーチェは部屋の入口を注視した。鉄扉は錆びた音をたてながら、ゆっくりと開いていく。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み