第25話 買い物(2) Shopping

文字数 1,296文字

『カミーラは不死身だ。けれども、心は傷ついている。私のFDで分かる。彼女が、精神的に、限界に近いということを。私は、ただ、彼女の幸せを祈りたい。お前に、彼女を救ってもらいたい』
「証拠はあるのか?」
「こちらです」
『拷問されている場所は,ここだ』ジョンは、次のページをめくった。地図が描いてある。第一研究所の地下三階。突き当たり。ここは、倉庫しかない。奥には、部屋などない。 
「信じられんな」
「ご自分の目で、ご確認されますか?」
「そうしよう」ニーチェは答えながらも、タブレットに書かれた内容を順番に見た。そこには、外部からは絶対に知りえないはずの研究所の部屋割りが、詳細に描かれていた。けれども、団員が何ヶ月も入っていない場所の地図は、書けていない。ジョンが、遠くから人の行動を監視できるということは、疑いようがない。
「それでは、こちらにお越しください」
 ジョンは、服と口紅を紹介するふりをして、赤い大きな布と、真っ赤な口紅と、それぞれのダミーを、ニーチェに手渡した。
『両方とも、Fの素材だ。その人に合った服の形に裁断すれば、身を隠すFDを作ることができる。口紅は、PSと混ぜると、気配を遮断することができる。お前なら、自分やカミーラが使用できるFDに、錬金できるはずだ』
「ほほう。これはいいな」
『なぜ、使用できると分かる?』
 FDとは、ファンタジー・ドープ。つまり、Fの中でも、使用者の限定される魔法具だ。実際に使用してみなければ、誰が使用できるか分からない。
「そうでしょう」
『君が、カミーラに噛まれた時、古城の床に、血が垂れていた。その血を調べた結果だ』
「これにしようかな」
『血で分かるのか?』
 ファンタジー特性の血液判別法なんて聞いたことがない。錬金術の話は大好きだ。ニーチェは、ジョンの話に夢中になってしまった。
「これも、おつけしましょう」
『ああ。いずれ、機会があれば、教えてやろう』
「本当か? ありがたいな」ニーチェは、ジョンと、両手で握手をした。カミーラのことは、きっと何とかする。そういう固い意志を、握力と目力で表す。
「いえいえ。よろしくお願いします。それでは、これでお決まりでよろしいでしょうか?」
「ああ。ただ、もし不良品だった場合は、どうすれば良い?」
「その場合は、こちらにご連絡をお願いいたします」
『私のFDは、人の探知に特化している。君が一人で外出してくれれば、私の方から接触しよう』
「なるほど。分かった。ありがとう」
 ニーチェは、品物を受け取り、代金を支払った。誰かに何かを買おうと思うと、さらに相手のことを考えるようになる。カミーラのことが大事。こんな気持ちは、初めてだ。
 馬車に向かう途中、小さなケーキ屋さんから流れるチーズの匂いに釣られ、ニーチェは、クワルクトルテをお土産に買った。カミーラは、薄味が好きだ。きっと、この、低脂肪のフレッシュチーズで作られた、ドイツ伝統のチーズケーキを気にいるだろう。
 ニーチェは、顔にこそ出さなかったが、カミーラの喜ぶ顔を想像し、ニヤついた気分になった。カミーラに会うことを楽しみにして、馬車に揺られて、第一研究所へと戻っていった。
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