第56話 犯人(2) Culprit
文字数 1,214文字
ゲーテの言葉は全く響かなかった。ニーチェは、クリスティアーネの匂いを思い出そうとしたが、全く思い浮かべられない。ゲーテがクリスティアーネのことを好きだと知っているので、性的な回路が全く働いていないのだ。
ゲーテは、いやらしい顔をしながら続けた。
「もしかしてお前、そんな聖人君子みたいな顔をして、すでにクリスと付き合ってんじゃないの? だったら祝福するぜ」
「はは」痛々しい。けれども友だちだ。自分に押しつけて忘れたいのだろう。ニーチェは全く興味がないが、ゲーテの気がすむまで話に付き合うことにした。
ゲーテは気づかずに話を続ける。
「気遣ってんのか? 大丈夫だぞ。実は俺には、他に好きな女ができたんだ。ちょうどいい。時効とは言えないが、この際、クリスのことで、お前にだけは話しておこうと思うことがある」かなり酔っている。
「君が今まで、クリスのことを好きだったってことだろ?」ニーチェは、友だちに恋人ができて嬉しかった。ゆっくりと、この日初めて、心からの笑顔を見せた。
「分かってたのか?}驚いた顔をしている。
「そりゃあな」
「はーっはっは!」
ゲーテは豪快に笑った後で、急に真面目な顔になった。
「でも、これは知らないだろう。絶対、内緒にしてくれよ」
声のトーンを落として話す。
「実は、俺、昔な、ずっと、クリスに、側にいて欲しくて……、あいつの錬金術師の素質シートに、細工を施したんだ」
ニーチェは唖然とした。素質シートに細工? クリスティアーネは、本当は錬金術師になれたというのか? その細工のせいで、赤マントではなく、黒マントなのか?
ゲーテは、ニーチェの表情の変化に気づいていない。なおも話を続ける。
「あいつ、途中から、急に錬金術が使えなくなったろ? お前にしか話せないが、あれ、俺のせいなんだ……。俺が、素質シートのテスト用のクリスのFを、Fでないモノにすり替えておいたんだ……」
ゲーテは、ニーチェの顔を見た。瞬間、酔いを覚ましたように驚いた顔。いくら友だちとはいえ、相手の人生を大きく変える細工をするというのは、さすがに道から外れている。ゲーテは、すぐに言い訳しなければいけないことに気づいたようだ。
「分かってる。すまん。俺がクリスにどんな悪いことをしたのか、しっかりと分かってる。このことを申し訳ないと考えない日はない。それでも俺は、今更、正直に話すことができない。けど、どうしても、誰かに打ち明けたかったんだ。そして、それは、親友のお前しかいなかった……」
「許されるとでも思っているのか?」親友と聞いて揺れる心を抑えながら、ニーチェは、生気のない目でゲーテを睨んだ。
「いや……。お前が、高潔な男だということはよく分かっている。お前に罰せられるのならば、それでいい」うなだれている。犯罪者が、逮捕されることを覚悟している時の体の動きだ。
「分かった」ニーチェはゆっくりと立ち上がり、ノロノロとした動作で、部屋から出ていった。
ゲーテは、いやらしい顔をしながら続けた。
「もしかしてお前、そんな聖人君子みたいな顔をして、すでにクリスと付き合ってんじゃないの? だったら祝福するぜ」
「はは」痛々しい。けれども友だちだ。自分に押しつけて忘れたいのだろう。ニーチェは全く興味がないが、ゲーテの気がすむまで話に付き合うことにした。
ゲーテは気づかずに話を続ける。
「気遣ってんのか? 大丈夫だぞ。実は俺には、他に好きな女ができたんだ。ちょうどいい。時効とは言えないが、この際、クリスのことで、お前にだけは話しておこうと思うことがある」かなり酔っている。
「君が今まで、クリスのことを好きだったってことだろ?」ニーチェは、友だちに恋人ができて嬉しかった。ゆっくりと、この日初めて、心からの笑顔を見せた。
「分かってたのか?}驚いた顔をしている。
「そりゃあな」
「はーっはっは!」
ゲーテは豪快に笑った後で、急に真面目な顔になった。
「でも、これは知らないだろう。絶対、内緒にしてくれよ」
声のトーンを落として話す。
「実は、俺、昔な、ずっと、クリスに、側にいて欲しくて……、あいつの錬金術師の素質シートに、細工を施したんだ」
ニーチェは唖然とした。素質シートに細工? クリスティアーネは、本当は錬金術師になれたというのか? その細工のせいで、赤マントではなく、黒マントなのか?
ゲーテは、ニーチェの表情の変化に気づいていない。なおも話を続ける。
「あいつ、途中から、急に錬金術が使えなくなったろ? お前にしか話せないが、あれ、俺のせいなんだ……。俺が、素質シートのテスト用のクリスのFを、Fでないモノにすり替えておいたんだ……」
ゲーテは、ニーチェの顔を見た。瞬間、酔いを覚ましたように驚いた顔。いくら友だちとはいえ、相手の人生を大きく変える細工をするというのは、さすがに道から外れている。ゲーテは、すぐに言い訳しなければいけないことに気づいたようだ。
「分かってる。すまん。俺がクリスにどんな悪いことをしたのか、しっかりと分かってる。このことを申し訳ないと考えない日はない。それでも俺は、今更、正直に話すことができない。けど、どうしても、誰かに打ち明けたかったんだ。そして、それは、親友のお前しかいなかった……」
「許されるとでも思っているのか?」親友と聞いて揺れる心を抑えながら、ニーチェは、生気のない目でゲーテを睨んだ。
「いや……。お前が、高潔な男だということはよく分かっている。お前に罰せられるのならば、それでいい」うなだれている。犯罪者が、逮捕されることを覚悟している時の体の動きだ。
「分かった」ニーチェはゆっくりと立ち上がり、ノロノロとした動作で、部屋から出ていった。