第64話 復活 Revival

文字数 1,333文字

 全ての毒素が抜けたニーチェは、人間の心を払拭すると、ゆっくり目を開いた。体が軽い。手を見ると、かつてのハリが戻っている。いや、それ以上の美しさだ。二十五歳。まさに、人体としての美の極地。ニーチェは、姿見を覗き込んだ。どこか、クリスティアーネの面影が残っている。体臭も甘い。彼女の香水、オポポナックスが染み込んでいるようだ。ニーチェは、弾力を取り戻した金髪パーマを撫で上げた。
 これからは、やらなくてはならないことが目白押しだ。人間としての弱さは、ほとんど捨てた。やるべきことは明白になっている。ニーチェは、クリスティアーネを抱きかかえて自室に戻った。そのまま『イコン』で、古城の秘密研究室へとダイバーダウンする。
 秘密研究室へ到着すると、ニーチェはまず、培養液の入ったカプセルに、死んだと思われるクリスティアーネを横たえさせた。これで腐ることはない。
 次に、カミーラの蘇生に入る。部屋から持ってきた『ワニワニパニック』もある。クリスティアーネの血液もある。 準備はできている。二年間も、ずっと研究し続けてきたのだ。結果はもちろん、すぐに現れた。 カミーラは、モデルのモーニングルーティーンを撮影しているかのように、以前と同じく、美しい寝ぼけ眼で目を覚ました。
 カミーラは、すぐ、ニーチェに気づく。
「おはよ」 カミーラの何でもない日常の一言。それだけで、ニーチェの心は、激しい恋愛の虜になった。心が満たされていく。クリスティアーネに対する後悔が薄れていく。
 ゆっくりと話をしたい。だが、まだやることは残っている。とにかく今は、時間がない。第一研究所からは、月に1度、本部に定期報告をしなければならない。それは、部下のパゼドウが報告する。ということは、おそらく、クリスティアーネがいなくなったことも報告されてしまうだろう。その前に、全てを終わらせなければならない。 期限はあと、二週間しかない。
 カミーラは復活した。次は、彼女の身の安全を確保しなければならない。KOKのプロフェッサーに連絡をすれば、その場所へと導いてくれる。そういう約束だ。ニーチェは、連絡用の鈴を手に取り、オーラを込めて鳴らした。
 カランカラン。さすがにすぐには来ないだろう。ニーチェは鈴を置き、カミーラの方に振り向いた。カミーラの後ろには、スーツを着た、背虫の老人が立っていた。懐かしい。ジョンだ。
 ジョンは、柔らかな目つきでカミーラを見ている。カミーラは、視線に気づいて振り返る。そして、ジョンに向かって、そっと手を振った。ジョンの両頬に、涙が伝う。ひとしきり喜んだ後、ジョンは、ニーチェに近づき、ガッチリと両手で握手を交わした。
「ニーチェ。よくやった。ありがとう」皺皺だが、幸せな手だ。
「そっちはどうだい?」聞くまでもない。
「ああ。リアルカディアは最高だ。プロフェッサーが言っていたように、アルカディアンも安心して暮らせる場所だ。嘘じゃなかった。カミーラだけじゃない。君も絶対、気に入るぞ。明日には、プロフェッサーも来るだろう。そうしたら、共に、今後のことを話そう」ニーチェは自分の中で、すでに今後のことを決めていた。だが、ジョンには言わない。
「ああ。そうしよう」明るい声で、同意だけをした。
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