第79話 神々の黄昏(1) Götterdämmerung

文字数 1,555文字

 GRC団員たちの前に、突如、ピアノが置かれたステージが出現した。Fを使用したようだ。白いドレスを着たアジア人女性がステージに上り、おもむろにピアノを弾き出す。団員たちは、彼女の演奏に耳を傾けていた。
 五百メートルも離れている。なのに、ニーチェにも音が聞こえてくる。ニーチェは一旦、耳を塞いでみた。『オウルキャンセル』は、耳をふさげば防ぐことが可能だったからだ。
 まだ聞こえる。それでは、ピアノの近くに浮遊させているチルドレンが、音を拾っているのだろうか。ニーチェは一旦、『ドーゼンズ・オブ・チルドレン』も回収した。
 だが、このピアノは、耳から聞こえてくるのでは無さそうだ。メロディが、心に直接流れ込んでくる。リズムが、心に直接刻み込まれてくる。ニーチェの穢れた体が、白く、清純になっていく。もしくは、透明になり、全てを見透かされているような感覚。それ以外の効果は分からない。
 Fを使用することはできる。体も自由に動く。何の不都合もない。ただ、身体中を弄られ、裏返され、凝視されているような気分は、あまり心地の良いものではない。いや、まるでこのまま、猫が喉を撫でられているように、この状況にも落ち着いてしまういそうで、それだけが気分が悪かった。
 どうしましょう。ニーチェは、窓から下を覗いた。古城に向かって、四人の男がやってくる。先頭は、青いKOKのコートをまとった、仮面のカトゥー。次に、ゴーグルをかけた、大柄な黒人坊主。そして、見慣れた顔。GRC副団長補佐のゲーテと、GRC第一研究所副所長のバセドウだ。
 討伐隊に、KOKは二人しかいない。もう一人のKOKであるスカラーは、ピアニストの隣で、気配を研ぎ澄ませて立っている。彼女が狙われると思っているのだろう。
 ニーチェは少々、拍子抜けした。以前のように六人がかりで来てくれれば、大立ち回りを演じられる。皆殺しにした後、ニーチェが殺されれば、ゲーテは英雄になれる。だが、相手は、たった二人。これでは、よほど圧倒的な勝ち方を見せなければ、ゲーテの地位を上げることはできない。
 討伐隊の四人は、罠があるとも考えていないようだ。あまり注意もせず、古城の中へと入ってくる。
 ニーチェは最初、色々な罠を仕掛けようかと思っていた。だが、罠で偶然ゲーテが死んでしまったら、この計画は潰れてしまう。それに、直接、圧倒的な力を見せつけた方が、より、団員たちに恐怖を刻み込むことができる。また、自分とKOKとの闘いを間近で見るバゼドウは、その後の錬金術師育成の能力が、大幅に上がるに違いない。
 そして、ニーチェには、それだけの自信があった。『ニーベルングの指環』は、発動してから四日が経っている。もはやニーチェは、人間の領域にはいない。二年前とは強さの格が違う。ここは、見晴らしの良い場所で、正面からのボス戦をおこないたい。
 ニーチェは、本部壊滅の際に入手した新しいFDG、『ラウト』を使用することにした。メガホン型のF。その効果は、ただ、自分の声を大きくするだけだ。
「オーッポッポッポッポ。諸君。よくぞお越しくださいました。私の名前は、オポポニーチェ・フラテルニタティス。逃げも隠れも致しません。ただ、この城の頂上にて、貴方がたをお待ちしております」城壁全体が揺れ響く。声がコダマする。
 ニーチェは、『ドーゼンズ・オブ・チルドレン』をテントのあちこちに飛ばしていたので、GRCの様々な情報を手に入れていた。自分が裏切り者として手配されていることも知っていた。残り香のオポポナックスから、オポポニーチェという名前を付けられているということも知っていた。
 オポポニーチェ。クリスティアーネに対する愛と罰を感じられる。統合される二律背反。ニーチェは、この新たな名前を気に入っていた。
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