第83話 再誕 Rebirth

文字数 1,958文字

 緩い時の中。精神が浮遊している。気づくとニーチェは、ベッドに横たわっていた。同時に、時が戻る。現実に還る。強烈な痛み。
「ううあ」体の損傷が激しいようだ。もがいているニーチェに、カミーラが近づいてきた。そっと、ニーチェの体を撫でる。
 これは夢か? それだけでなぜか、ニーチェの痛みは、少し治まった。触られるという行為は、決して気持ちだけの問題ではない。体を癒す効果がある。ニーチェは、自分の生を知った。体が治ったら、接触効果についての研究をしてみようと思った。
 すぐに、部屋の扉が開く。白衣の白人美男子。長身だ。銀仮面はつけていない。だが、ニーチェは、彼がアンリーだということを、すぐに理解した。
「生きてたか。運のいいやつだ」アンリーは触診した後、小箱から注射を取り出し、ニーチェの体に刺した。一気に痛みが治まる。
 冷静になったニーチェは、自分の体を見た。手が無い。足が無い。胸には穴が空いている。損傷どころではない。ニーチェの体は、すでに肉塊といっても差し支えないものだった。顔だけが、かろうじて外見をとどめている。もはや、研究どころではない。生きていても、何もできない。
 ニーチェは、失って初めて、自分の外見に自信を持っていたのだと気づいた。今はカミーラも優しい。だが、これではいずれ、愛想を尽かされてしまう。力が無いと、自分の弱い精神が剥き出しになる。誰かから見捨てられたら、ニーチェはただ、死ぬだけだ。幼児期のトラウマ、捨てられることの恐怖を思い出した。
 再び、病室の扉が開く。今度はジョンだ。ジョンは、ニーチェを見るなり、涙を流して近づいてきた。
「ニーチェ。ニーチェ」触れるか触れないかのところまで近づいて、泣き崩れる。歓喜の涙だ。ありがたい。
「私は一体、どうなったのですか?」ニーチェは、ジョンに尋ねた。
「生きてた。生きててくれた。生きててよかったよぉ」ジョンは話にならない。
「俺が話そうか」アンリーが、いや、アンリーの声ではない。アンリーの足元から、影が伸びる。影が、人間の形をして立ち上がった。
 ニーチェは、元気がないので驚けなかった。だが、もし手足があったら、きっと、飛び上がるほど驚いたであろう。
「頼みます」ニーチェは意識の中で、動かない頭を下げた。
 影は嬉しそうに話し始めた。
「俺様は、シャドーマン。影の中でしか生きられないアルカディアンだ。リアリストとアルカディアンの共存、というヤマナカの理念に共感して、仲間になっている。お前が生きている理由は、俺様がお前の影に潜んでいて、崖に落ちた時に、アンリーの元まで転送させたんだ」シャドーマンは、全身黒だというのに、しっかりと偉そうな態度を披露する。
「感謝します」
「だが、私の元に連れてこられた時には、お前はすでに、手遅れの状態だった。私は、意識のないお前の時間を、Fによって百分の一まで緩め、脳だけは生きていられるようにして手術をおこなった。ちなみに、お前の手足はあれだ」アンリーは後ろを指差した。
 動かない頭を、カミーラが動かしてくれる。ニーチェは背後を見た。培養カプセルが立てられており、その中に、ボロボロの体が浮かんでいる。
「私の専門は医者だ。体の再生ではない。再生に関してなら、むしろ、ホムンクルスを研究していたお前の方が詳しいだろう」こともなげに言う。
「ニーチェ。私が、君の手足になる。研究を重ね、また、健康な体に復活しよう!」
 ジョンだ。一生裏切らない。年齢こそ違えども、彼もやはり、自分の友だ。ニーチェは、先ほどまで持っていた、捨てられてしまう恐怖を払拭した。
 友といえば……。ニーチェは、大事なことを思い出した。
「ゲーテは、ゲーテはどうなったんだ?」尋ねる。
 みんなは顔を見合わせた。中に、一人だけ偉そうな奴がいる。シャドーだ。彼だけは、情報を知っているようだ。
「オールバックで髭面のやつだろ? 俺様は昨日、ヤマナカと共に、奴の戴冠式を見てきたぞ」
「戴冠式! じゃあ、副団長になれたのか?」
「それは分からないけど。でも、俺様と同じくらい偉そうだった」
「ヤマナカは、なんで戴冠式を見に行ったんだ?」
「えっと、それは……」シャドーマンは素直で偉そうだが、あまり頭が良くないようだ。アンリーは、思いついたように話をした。
「ああ。それでか。そういえば、私も今朝、ヤマナカさんから話を聞いた。お前が目を覚ました時に、きっと、彼のことを気にかけるだろう。後で教える。そう伝えてくれ、と言っていた」
 ヤマナカ。どこまで頭が良く、どこまで良い人なのだろう。ニーチェは感じた。GRCを裏切ることは不安だったが、この環境に逃げることができて本当に良かった、と。
 安心すると眠くなる。いつかこの恩は必ず返す。ニーチェはそのまま、再び眠りに落ちていった。
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