第11話 ホムンクルス(2) Homunculus

文字数 1,189文字

 こんなにも研究のことだけしか考えていないにも関わらず、ニーチェの心身は落ち着いていた。物欲としては、たくさんの給料をもらっており、黒マントが全ての世話をしてくれる。
 二人しか友達がいないが、いつも頭の中で自分の研究について考えているので、遊びたいと思うほど暇ではない。寂しい気持ちは時にあるが、ゲーテやクリスティアーネがうるさいくらいに部屋に来るので、気持ちを紛らわすことができている。
 身体的にも、元来、人間は、他人の肌と接触する時間が必要だ。だが、必要最低限の触れ合いがあれば、過度に付き合う必要はない。これは、単に、人間の動物的な生理現象に過ぎないからだ。生理的に満たされる時間だけ触れ合っていられれば、それで問題ない。
 ニーチェは、毎日ホムンクルスをいじっている。ホムンクルスの体は人間と全く一緒だ。また、週に一度は生命を吹き込むので、言葉は伝わらなくても、話す時間はそれなりにある。ニーチェの本能は、それだけで満足していた。

 こうして夜食のサンドイッチを食べながら、部屋の窓から深淵を覗いていると、すぐに、クリスティアーネがやってきた。ニーチェは、ホムンクルスについて考えている。思考を妨げられることが、少々煩わしい。それでも友達なので、ニーチェは、彼女に入室の許可を与えた。
 クリスティアーネはベッドに座り、いつものように噂話や研究所内での話を始める。こういう話をすることでストレスを解消しているのだろう。ニーチェにとっても、研究室の外を知る良い機会だと勝手に考えているようだ。
 錬金術について、錬金術師以外の人間に話すことは禁止されている。それゆえ、ニーチェには話すことがない。完全な聞き役に徹する。新しいドラマが面白い。ドッキリにはこんな仕掛けがあって。受付とミルク配達員が付き合ってて……。いつものようなバラエティに富んだゴシップ話の中に、ニーチェの気になるニュースが飛び込んできた。
「そういえば、この前一緒に捕獲した女の吸血鬼。覚えてる? 今日の昼間、本部に移送されたわよん。なんでも、バルサーモ家に引き渡されるんですって」
 夜食のサンドイッチを食べていたニーチェは、口を止めた。窓の外を見ずに、クリスティアーネと視線を合わせる。クリスティアーネは、やっとこっちを見てくれたという顔をした。だが、ニーチェは、今聞いたニュースに夢中になっていた。
「彼女が……、なんで引き渡されるんだ?」
「なんでってそりゃ、吸血鬼だからじゃないのん?」クリスティアーネは、疑問にも思っていない。
 だが、ニーチェは、ゲーテと本部と、そしてカミーラとも約束したのだ。彼女を安全な場所へと移動させる、と。引き渡されるのはどう考えてもおかしい。
 ニーチェは、口の中に残っていたサンドイッチを紅茶で流し込み、クリスティアーネをおいて、荒馬のような勢いで、ゲーテのいる執務室へと向かった。
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