第44話 罠(3) Trap

文字数 1,593文字

 ゲーテは、呆然と立ち尽くしている。ニーチェは、ミイラを地面に置き、ゲーテと目を合わせようとした。だが、合わない。カミーラの幻術にハマっている。ルーの死体は見えているが、ニーチェのことは見えていないようだ。
「待て! 行くな!!」と、幻影のニーチェに向かって叫んでいる。
 ニーチェは落とし穴のヘリに隠れ、秘密兵器を取り出す。余った材料で作っておいたFDGだ。『レッドハイド』を首に巻き、『ノーフェイス』を唇にひく。こちらは材料が少なかったために、使用効果は低い。時間も短く、いつ効果が切れるかも分からない。あくまで、いざという時用の、使い捨てFだ。
「ルーを頼む!」追随してきた団員に一言頼み、ゲーテも、城の中へと走っていった。団員たちも誰一人として、ニーチェの姿を捉えられていない。
 城内に入っていったラヴァーターとゲーテの関しては、一旦、ジョンとカミーラに任せる。ニーチェは、金髪をなびかせながら、自分たちのテントまで戻った。団員たちは、古城に近づき、ミイラの治療をしたり、様子を伺ったりしている。
 ニーチェの接近に気づかないレーに、ニーチェは、ダスティネイルを突き刺した。次に、トランシーバーや無線の類を、残らず破壊する。これで、誰も連絡を取り合うことができない。自分の研究道具が入った馬車の車輪も、修復不可能なほどに叩き壊した。置いていかざるを得ないだろう。
 最低限の作戦は成功した。だが、FD『レッドハイド』と口紅『ノーフェイス』の効果は、まだ五分は続きそうだ。効果が切れた時、テントで団員に自分の姿を見られたら、自分が疑われる。とはいえ、この五分で、全団員を皆殺しにはしたくない。ニーチェは殺人快楽者ではない。あくまで、血を吸い取る行為は、解毒に必要な可能性があるからおこなっているだけだ。錬金術師でない団員は無事に帰したい。
 そしてニーチェは、ゲーテのことも考えた。他の錬金術師の生死に関しては、仕方がない。これは戦争だ。害を与えてくるならば、排除しなければならない。そして、自分たちは、カミーラの毒が抜けたら、GRCから遠く離れた世界で生きる。だが、ゲーテは友達だ。たとえ離れるとはいえ、友達には死んで欲しくない。
 ニーチェは、団員たちの間を擦り抜け、古城の中へと入って、ゲーテの姿を探した。ゲーテは、すぐに見つかった。尖塔に続く螺旋階段を、慎重な足取りで登っている。
 その時、大広間の奥の通路から、足取りのおぼつかないラヴァーターがやってきた。睡眠ガスを受けているようだが、かろうじて逃げ出してきたようだ。このまま外に出られれば、団員たちに助けられるだろう。
 ニーチェは迷った。なるべく殺したくはない。だが、彼が解毒できる血液を持っている可能性もある。それに、彼のFDC『観相学断片』によって、のちに、ニーチェが犯人だとバレてしまう可能性もある。自分が人殺しだということは、ゲーテやクリスティアーネに知られたくない。危険な可能性は、根本から断ち切るべきである。
 熟考する時間もない。ニーチェは、背後からラヴァーターの首を抱え、『ダスティネイル』を射ちこんだ。そのままラヴァーターを、通路の奥へと引き摺り込む。
 ことを終えた。ニーチェは、床に落ちたミイラを、陰にゆっくりと蹴り飛ばした。
 ちょうどその時、上の方から、激しい足音が聞こえた。ニーチェは、螺旋階段を見上げた。豪快なゲーテが、銀マントを翻らせ、子供のように叫びながら、必死の形相で降りてくる。足元が、ふわついている。よほど、恐い幻想を見させられたのだろう。「ニーチェが死んだ。ニーチェが死んだ」呟きながら、ニーチェの隣を走って逃げる。カミーラは、自分の気持ちを分かってくれていた。どうやら、ゲーテは、殺されずにすんだようだ。
 さらば。友よ。ニーチェは通路の陰から、ゲーテが古城を去っていく背中を、じっと眺めていた。
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