第80話 神々の黄昏(2) Götterdämmerung

文字数 1,284文字

 ニーチェ討伐隊は、罠の可能性を、なぜか、微塵も疑っていない。
 ゲーテ、黒人、カトゥー、バゼドウの順番に、尖塔の部屋に続く螺旋階段を登ってくる。足取りも一定だ。本部では、あれだけ幻覚に苦しめられたというのに、全く幻覚を疑っていない。階段を登り切る。
 来た。そのまま勢いよく、最上階の部屋の扉が開かれる。部屋の暖かい空気が、開いた扉へ吸い込まれていく。先頭には、オールバックで、意志の強い太眉の大男が仁王立ち。友だちのゲーテだ。
 剥き出しの石壁に寄りかかっていたニーチェは、ゆっくりと背中を離した。薔薇の刺青が熱く燃えている。冬の寒気が部屋に広がるが、寒さを感じない。ニーチェは、手にしていたワイングラスを、スタンディングデスクの上に置いた。
「待ってたよ」ニーチェとゲーテの距離は、十メートルもない。
 ゲーテはうなづいた。共に目を合わせる。言葉はない。もはや。交わす言葉なんて。
「いかねぇのか? なら、俺が行く」
 サイバーパンクの格好をした筋肉隆々の黒人が、ゲーテを押しのけた。
「エムボマ!」カトゥーが叫ぶ。
 空気の読めない男だ。身体中が黒く光る。炎の軌跡を描く。一気に、ニーチェへと襲いかかる。
 ニーチェは、四人に対して『エリクシール・ポワゾン』を発動していた。だが、幻覚が効いていないようだ。これがピアノの効果だろうか。何もかもが見透かされているような、嫌な気分だ。
 ボッボッ、ボーッ。エムボマは、紅蓮の炎を纏いながら、ニーチェ目掛けて正確に襲いかかってきた。
「ドラァ!」分厚い拳を、薙ぎ払うようにして振り回す。
 しかし、ニーチェの聖剣、『ノートゥング』も発動している。いかにエムボマが素早く強い拳を繰り出すとはいえ、ニーチェの姿を捉えることはできない。楽々と、熱風のような空気ごと、エムボマの拳を避ける。
 ニーチェはさらに、MA2も使用していた。モード・アルキメストのレベルアップバージョンだ。体の周りにPSを張り巡らせるのではなく、細胞にPSを取り入れることによって、人間自体の限界を超える。
 反射神経や耐久力は常人の倍。今のニーチェなら、常人の十倍近く強化されている。これが出来ると、Sランクの錬金術師と認可される。それほどの高等技術だ。
 エムボマがはめている手袋は、標的に当たった瞬間に爆発するFDだ。一度でも防御をしようものなら、その、高速連打からの超爆発は避けられない。
 だが、ニーチェは、エムボマに高速連打をさせない。拳が飛んでくるたびに、腕を引っ張り、黒人の体軸を動かした。
 エムボマが実力者だということは、バゼドウも分かっている。それほどの実力者が、攻撃するたびに、片手でニーチェにあしらわれる。これで、ニーチェがどれだけ強いのかが印象付けられただろう。太った顔が青ざめている。
 だが、カトゥーは違う。逆だ。強敵を前にして目を輝かせている。ヤマナカから、カトゥーは戦闘狂だと聞いていたが、それは事実のようだ。カトゥーは、腰につけた、尖った石のようなナイフを手に取った。ナイフが鈍く光る。能力は分からないが、カトゥー専用のFDであることは間違いない。
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