第22話 研究(2) Research

文字数 1,418文字

 当初の理想とは違うものの、カミーラの研究主任になったニーチェは、最低限の約束を果たそうと思った。
 カミーラは、言葉を話してくれない。女のことをまるで知らないニーチェは、クリスティアーネに色々と教えてもらいたかった。だが、カミーラの研究は、秘密裏におこなわれる。一般団員であるクリスティアーネには、教えることができない。
 それでも自分なりに、カミーラが過ごしやすくなるような部屋づくりを考えた。お姫様ベッドにピンクの壁紙。テレビや読書用タブレットを揃え、食事はいつも一流料理。ニーチェは、研究費以上のお金をかけて、彼女のために、健気に尽くした。従順でいてくれれば、いずれは、外に散歩をする許可を、本部から得られるかもしれない。そうしたら逃走の幇助をすることもできる。だが、今は我慢の時だ。
「済まない。これが、僕にできる精一杯だ。他にも、何かできることがあれば何でもする。君の手足と思ってくれ」
 カミーラは、血を舐めることで、相手が嘘をついているかどうかが分かる。ニーチェの血を舐めた後、カミーラは、優しく首を振った。

 ニーチェは、週五で、カミーラについて研究した。カミーラとの日々に没頭した。毎年、大きな成果を出さなければならないからだ。ただし、現実は甘くない。優しくしながら、成果を出す。実験せずに、結果を得る。二律相反を両立させることは、至難の業だ。
 ニーチェは、初め、会話をして情報を引き出そうとした。だが、カミーラは、ほとんど話をしてくれない。途中で盛り上がったとしても、我に返った瞬間、思い出したかのように黙り込む。プライバシーや生誕の秘密などは聞きようもない。信用してくれているが、研究室を監視している団員がいるからだろうか。迂闊なことを話すと、すぐに本部に知らされてしまうとでも思っているようだ。けれどもニーチェは、特にへこたれることもなかった。カミーラの気持ちが、なんとなく理解できたからだ。
 ニーチェには、一度だけ恋愛経験がある。五年ほど前に、クリスティアーネのことを好きになりかけたのだ。だが、ある日、二人だけで話したことを、ゲーテたちも知っていたことがあった。クリスティアーネ以外には知り得ない情報にも関わらず。
 女性は、井戸端会議が好きだ。二人だけの秘密なんて無い。二人だけで話したことや行動は、全て筒抜けになり、誰かにバラされてしまう。聡明なニーチェは、クリスティアーネと話すたび、背後に、他人の姿が見えるようになってしまった。それ以降、ニーチェは、クリスティアーネに心を開けなくなっている。今のカミーラも、同じような気持ちだろう。
 それでも、ニーチェは頑なに、カミーラに対して、痛みを伴うような実験をしなかった。研究室を、お姫様が住むような空間へと作り変え、少しでも、カミーラが楽しめることを考えた。
 ニーチェも、心を開けるのはゲーテだけだ。ゲーテだけは、一貫して自分を守ってくれる。自分との約束を口外しない。ゲーテのような態度をカミーラに取り続ければ、いずれは、自分にも、心を開いてくれるはずだ。ニーチェは、そう信じていた。
 研究を続けていくうちに、カミーラも、少しずつニーチェに打ち解けた。テレビやタブレットを観ながら、二人でドラマの話をして盛り上がることもあった。だが、カミーラの顔は、楽しそうに笑った後ほど寂しさを感じさせる。圧倒的な違和感。けれどもニーチェは、違和感の正体を掴むことができなかった。
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