第59話 クリスティアーネ(1) Christiane Vulpius

文字数 1,265文字

 彼女は今、ケーキを買いに外に出ている。だが、夕方には戻ってくるし、夜にはニーチェの部屋に、ケーキを持ってくる。そして、いつものように、紅茶でも飲みながら話をするのだろう。だが、宙ぶらりんな気持ちのままでは、いつもと同じような態度で彼女と接することはできない。それまでに、自分のする対応を決めなければならない。
 ニーチェは自分の部屋へと戻り、『精神的精密研究のため、立ち入りを禁ず』の札を扉にかけた。頭を抱えてうずくまる。だが、考えていても過ぎるのは時間だけ。今やるべきことは、まず、実証をすることだ。
 部屋には三重に鍵を閉めた。内側から『結界』を敷いたので、物理的にも誰も入れない。ニーチェは、窓に取り付けられたスタンドグラス型の『イコン』で、古城の地下にある秘密研究室へとダイバーダウンした。
 ここにはまだ、クリスティアーネの血液が、少しだけだが残っている。ニーチェは、分析器に彼女の血液を入れ、ワニのおもちゃが使用できるかどうかの最終確認作業に入った。結果が出るまで、およそ二分。
 二年以上も探し続けたカミーラの毒を解除するカギは、まさかのクリスティアーネなのか。本物の『ワニのおもちゃ』のFは、この手で確認した。あとは、彼女の血液だけで、あのFDが使用できるかどうかの分析できる。
 だが、予想が当たったとしても、彼女の血液だけではFDの使用はできない。一度ニーチェの身体に取り込み、血液を薔薇の刺青にした後で、自分のオーラをコントロールする。そうでなければ、あのFDを使用できない。
 それはつまり、カミーラを救うためには、クリスティアーネに『ダスティネイル』を使用するということに他ならない。そして、それは同時に、クリスティアーネをミイラにしてしまうということだ。
 ニーチェは、クリスティアーネの血液が『ワニのおもちゃ』の発動条件であることを願いながらも、同時に、そうでないようにとも願った。
 ゲーテとクリスティアーネ以外だったら、誰の血液でもいい。誰を犠牲にしてもいい。だが、結果は無情だった。クリスティアーネは陽性だった。これでもかというぐらい、はっきりと反応が出ている。
 ニーチェは、結果の紙を持ったまま震えた。待ち望んでいた真実。最大の喜びと、最大の悲しみ。同時に味わうこの気持ちは強烈だ。ニーチェの弱った体では耐えきれない。眩暈と吐き気の中でニーチェは倒れ伏す。それでもグルグルと、頭の中だけは思いのままに思考が回り続ける。 
 クリスティアーネ。ここまで自分のことを好きでいてくれる人間は他にいない。ゲーテと同じく、信頼に値する。だが、彼女を殺さない限り、カミーラが生き返ることはない。今、それがはっきり決まった。
 ただ、ニーチェにとって、カミーラほど自分が好きでいる相手は他にいない。カミーラを、なんとしても蘇らせたい。だが、彼女を蘇らせれば、クリスティアーネは確実に死んでしまう。
 これは一体、どんな状況なんだ? ニーチェは、現実を直視して決断することができない。一度、簡単な事例に変えて判断することにした。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み