第34話 逃走(2) Escape

文字数 1,325文字

 暗い部屋だ。鉄と生肉の匂いが鼻を襲う。異常だ。ニーチェは、電気をつけた。
 鉄壁で覆われた室内。ステンレス製の手術台が鈍く光っている。棚には、沢山の錬金器具がしまわれている。角には、山のように積まれた透明な箱。中には……爪や髪が、番号をつけられて詰まっている。冷蔵庫を開けると、パック詰めされた皮膚や肉片が出てくる。全てはカミーラの虐待された証拠だ。ニーチェは嗚咽を漏らした。
「こ、これは……」ゲーテも驚愕する。
「ゲーテ。君は本当に、このことを知らなかったのかい?」手で口を押さえて尋ねる。
「知らない。知らなかった」ゲーテは、珍しく怯えを見せ、大きく首を振った。
「そうか。分かった」ニーチェは、この隠し部屋にゲーテのカードで入れたことから、少しだけ疑念を持っていた。だが、今の動きで、完全にゲーテを信用した。ゲーテが、こんなにも怯えている姿は、見たことがない。
 ニーチェは、推理を切り替えた。黒幕は、所長に内緒で実験をし続けられるほどの権力者。ならばやはり、ワーグナーADAの単独行動か、アンドレーエ副団長の密命の可能性が高い。
 推理しながらも、実験室の現状を調査する。どれだけカミーラがひどい目に遭わされていたのか、部屋の様子が明朗に語っていく。ニーチェは涙を浮かべながら、実験室を漁り続けた。
 悲しみと怒りの感情に任せるだけでは、事態は解決しない。現場から事実を、この事件の手がかりを探すのだ。ただし、探すのは、カミーラの居場所に対しての手がかりではない。この実験の黒幕に至るための手がかりだ。
 初めは呼吸が乱れていたニーチェだったが、ゲーテに背中を摩られ、徐々に、呼吸が整っていく。冷静に戻ったニーチェは、調べながらゲーテに尋ねた。
「ゲーテ。これからどうするつもりだ?」
「とりあえず執務室に、闘える錬金術師を集めている。映像を見た限りでは、彼女はまだ部屋に潜んでいるはずだ。そこから捜索する」ゲーテも、実験室を調べながら応える。
「そうか……」ここまで暴けば、この実験室は、いつでも調査ができる。それよりも、まずは、本当にカミーラが脱出できたかどうか。それを、早めに確認したい。
 会話こそできなかったが、ニーチェの考えた逃走方法は、カミーラにも伝わっていたはずだ。
 まず、実験中に自分の服を汚し、着替えるという名目でシャワールームへと行く。監視カメラの死角でFDE『レッドハイド』に着替え、FDE『ノーフェイス』を唇に引く。そして、鍵が閉められる前に部屋を出る。閉めるのを遅らせる時間は、会話で繋げればいい。一分もいらないだろう。
 その後、監視員の後について、地下二階の扉も一緒に抜ける。鍵がかかっているところは他にない。そのまま、外に出ていくことができる。外は寒い。だが、ジョンは、第一研究所を常に監視している。車ででもやってきて、カミーラを助けてくれるだろう。作戦に穴はないはずだ。
 ニーチェは、実験室の捜査をやめて、立ち上がった。
「ゲーテ。この捜査、僕も手伝おう。映像を見せてくれ」
「ありがとう」いつも思慮深いゲーテだが、友だちなだけあって、ニーチェの思惑を疑いもしない。二人は、共に一階へと戻り、監視室で、カミーラの部屋の映像を見返した。
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