第85話 黄金の夜明け(2) Golden Dawn

文字数 1,938文字

 ゲーテは、自分の気持ちに気づいた。確かにそうだ。本部の全団員が殺戮されたというのに、俺だけはまだ生きている。
「そして、クリスティアーネ。彼女とニーチェは、会わせない方がいい。もし、彼女がトラウマになっていたら、彼女は、ニーチェを怖がるだろう。逆に、怖がらずに再び愛するとしても、君は除け者になってしまう。それは、君の望むところではない。ただ……」
 ゲーテは、自分の幸せではなく、彼女の幸せを願っているだけだ、と言いたかった。が、自分の気持ちと正直に向き合っている現在、そのことを口には出せなかった。ヤマナカの「ただ……」の先には、解決策が待っている。ゲーテは浅ましくも、ヤマナカの回答を待ち望んだ。
「彼女だけがGRCに戻れば、彼女はもはや、君以外に頼れる人間がいない。不安な状態でプロポーズをすれば、きっと、彼女は、君と結婚するだろう」
「では、ニーチェはどうなる?」
「ニーチェは、我々が預かろう」
「KOKが?」
「KOKではない。我々だ」
 条件がありがたすぎる。ゲーテは少し考えた。
「これだけ良くしてくれるということは、俺に何か、見返りを求めているということか?」
「ホー。頭が良くて助かる」ヤマナカは、大袈裟に手を広げた。
「聞こう」これほど破格の待遇だ。代償を払うに惜しくない。ゲーテは、悪魔の囁きに耳を傾ける決心をした。
 ヤマナカの声は、相変わらず優しい。
「なに。そんなに難しいことじゃあない。GRC内でも派閥があるように、KOK内でも派閥がある。一つは、世界を平和にするために、Fを独占し、アルカディアンたちを排除していこうというグループ。もう一つは、世界を平和にするために、リアリストとアルカディアンの共存を望むグループ。我々は後者だ。クリーチャーたちが、無駄に虐げられる文化を無くしたい」
「そこで、俺が副団長になったGRCは、どんな手伝いをすればいいのだ?」
「ホー」
 頭の回転が速いな、という顔で一声鳴き、ヤマナカは答えた。
「今回の作戦がうまくいけば、ニーチェはいつか、全くの別人として復活する。その時は彼に、陰ながらでもいいから、リアルでの助力をお願いしたい」
 ゲーテは言い淀んだ。が、交渉をせず、誠実に答えた。
「……GRC全体での手伝いはできない可能性が高い。ただ、俺個人が、陰ながらでいいのなら、できる限りの協力は惜しまない。約束しよう」
 ゲーテは、ニーチェに対して、罪悪感を抱いている。元々の原因は、自分のせいなのだ。GRCの不沈をかけない範囲でなら、少しでもニーチェに贖罪をしたい。
「ありがとう。それで構わない。私は、無理矢理という行為が好きではないのだ。ただ、自分達が正しいとは思っている。我々が立ち上がる時、君も、我々の意志に賛同してくれていることを、切に願っているよ」
 ヤマナカは立ち上がり、ゲーテとがっしりと握手を交わした。そして、闇に塗れて消えていく。
 ゲーテも同時に意識を失い、大会議室の床の上で目を覚ました。

 そして二週間後。作戦は成功した。
 こうして今、ゲーテは、無事に副団長の就任式をおこなっている。隣には、クリスティアーネがいる。プロポーズをして成功し、昨日、結婚届も役所に提出した。全てはヤマナカの指示通りだ。
 バルコニーの上から見る全団員が、ゲーテのことを讃えている。これが、自分の夢見た景色だ。ゲーテは、自分の夢の形を、頂点から眺めた。
 違和感。団員たちから少し離れたところに、サングラスをかけたアジア人が立っている。男はゲーテを、他の団員とは違う視線で見つめていた。ゲーテはそれが、フクロウマスクを外したヤマナカであると、一目で気づいた。
 ゲーテは、演説を終えた。あとはバゼドウが進行する。ゲーテは、影のある場所に移動して、椅子に腰を下ろした。すぐに自分の影が動く。スルスルと背中に伸びてくる。
「よく俺様に気づいたな。シャドーマンだ。お前は話さなくてもいい。ヤマナカから伝言だ。ニーチェは我々が無事に回収した。いつかまた、彼の地で会えることを……欲する? 願う? だったかな。まぁ、とにかく、そんなもんだ。頑張れよ、副団長」
 これだけ囁いて、シャドーマンの気配は消えた。サングラスのアジア人は二本指で軽く挨拶をして、就任式をしている第六研究所から立ち去っていった。
 ニーチェ。よかった。親友三人、まだ、この世界に生きている。ゲーテは今の状況を、最上の幸福だと感じた。いなくなったヤマナカに、そっと頭を下げた。
 いつかニーチェと会うその時に備えて、これからGRCを大きくしていこう。強く無ければ、生きられない。ゲーテは、ニーチェとも繋がっているであろう青い空を仰ぎながら、そう、強く心に誓った。
 目標がある限り、人生は錆び付かない。
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