第71話 披露 Announcement

文字数 1,852文字

「諸君。よくぞお集まりになった。今宵、ニーチェ・フラテルニタティス君が、時代を変える研究成果を発表してくれるらしい。皆のもの、拍手で出迎えていただきたい」アンドレーエの合図で、集まっている全員が立ち上がり、歓迎の拍手をした。
 錬金術師たちは、大会議室いっぱいに広がる、楕円形の長い机に沿って座っている。その机の真ん中に、棺のような大きさのプレゼント箱が置いてある。全員、この箱に何が入っているのかが、気になっている。いよいよ明かされるのだ。
 幹部たちは、ニーチェの主要とする研究が、ホムンクルスであることを知っている。棺のような大きさということは、おそらく、中にはホムンクルスが入っている。そう、予測している人は多いだろう。どんな美男美女が飛び出すのか。または、歴史上の人物が復活するのか。強い化け物が出現するのか。参加者は、ワクワクとしながらその時を待った。
 今回、ほとんどの参加者は、武装をして会議に臨んでいる。Fも持ってきている。普通の会議では、武器の持ち込みは禁止だ。だが、ニーチェは、ゲーテ側の人間である。もしかしたら、ゲーテ側の罠かもしれないと思う者もいた。そこで、アンドレーエは、ニーチェに武器の持ち込みを打診し、ニーチェも、快く了解していたのだった。
 ニーチェは堂々と、まるでゲーテが乗り移ったかのように手を挙げながら、幕を開いて登場した。
「みなさん。私は、これぞ最高傑作といえる成果を、自信を持って、皆様にお見せすることができます。ただ、この内容は、絶対に、他言無用にお願いいたします。私も、この後帰ってくるゲーテにだけは話しますが、他の方にはお話ししません。よろしいでしょうか?」壇の上から参加者を見渡す。誰も否定はしていない。ニーチェはうなづいた。
「それでは、結界を張らせていただきます」ニーチェは壇から降り、大会議室の入口まで歩いていった。すでに、全員がニーチェを見ている。FD『エリクシール・ポワゾン』は、すでに発動している。だが、現実と全く同じ幻覚を見せているので、誰もその発動には気づいていない。
「バイセマ」一言唱え、ニーチェは、大会議室の中に結界をかけた。これは、KOKでは全員ができる、Pシステムと呼ばれる錬金術の技の一つだ。外に、一切の音を漏らさない。
 これはヤマナカから教わったKOK独自のものだが、結界と呼ばれるような種類の錬金術は、他にもいくつもある。結界の特徴として、外側から結界に入ることは難しいが、内側から結界を破ることは簡単だということも知っている。結界を張られても、特に動じるような参加者はいない。むしろ、大事な会議なのだ。外に秘密を漏らさないために結界を使用することは、当たり前のことだ。
 ただし、これが、KOKでは、別名『鳥籠』といわれている、内側からでも破ることが難しい種類の結界であることは、誰も気づいていない。KOKとGRCとでは、それくらい、錬金術のレベルに差があるのだ。
 結界を張り終えたニーチェは、参加者たちの方へと振り向いた。そして、下品にも、大会議室の机の上に乗り、棺の大きさの箱まで、ゆっくりと歩いていった。
 怪しい動きに、参加者の中には、身構える者もいた。だが、ニーチェは気にしていない。なんせ、机を歩くニーチェは、すでに、幻影のニーチェなのだから。
 本物のニーチェは、結界を張った瞬間、壇上へと戻っていた。壇上で、副団長の剣、FDA『ノートゥング』を奪っていた。
 他の錬金術師が持つFには対策を持っていたが、完全危機回避能力を持つ『ノートゥング』だけは、対策が取れない。そのため、作戦を開始する前に、絶対、先に奪っておきたかった。そのために、結界を張るという名目で、あえて、一番離れた入口まで歩いていった。アンドレーエの油断を誘ったのだ。
 もし、アンドレーエが剣を手から放さなかったら、手放すまで何度も、計略をかけるつもりだった。けれども、最大の憂いは絶った。ニーチェは、机の上に立つ幻影のニーチェに叫ばせた。
「ヴォークリンデ、ヴェルグンデ、フロースヒルデ。私は、愛を捨てる。代わりに、無限の力を捧げよ! ラインの黄金は、今、開かれる!」
 あの指輪の発動合図だ。ラインの乙女の名前が並んだ瞬間、気づいた者は、即座にニーチェに斬りかかった。だが、もう遅い。口上を述べているニーチェは幻影だ。
 ニーチェは、奪ったばかりの『ノートゥング』を持ちながら、壇上で、その様子を眺めていた。右中指で、FDS『ニーベルングの指環』が発動した。
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