第24話 買い物(1) Shopping

文字数 1,907文字

 ドイツ国ヘッセン州三番目の都市、カッセル。何百年もの間、ヘッセンの首都だった大都市だ。だが、第二次世界大戦のイギリスの空爆により、家屋の八十パーセント以上が焼失。今ある建築物のほとんどは、五階程度の高さに統一された、1950年以降の建築方式となっている。
 とはいえ、緑も多い。大きな公園もある。住みやすい田園都市ということで、現在では、二十万人程度が暮らしている。グリム兄弟の生誕地ということもあり、メルヘン街道を通る観光客は、ほぼ、全員が立ち寄る都市である。
 半年ぶりにやって来た。ニーチェは、街に関心がない。錬金術とは関係がないことだからだ。仕事に夢中な人間は、他のことには興味を持ちにくい。そんな人間は、仕事において優秀だ。等価交換。錬金術の基本である。
 早く、赤い服と口紅を買って帰ろう。頭の中は、それだけだった。だが、女性用の服と口紅を探すことは、ニーチェにとって、初めての経験だ。しかも、カミーラに喜んでもらわなければならない。個人的には、ヘラクレス像がいくつも刺繍された赤いワンピースが可愛いと思ったが、カミーラが喜んでくれるかどうかは定かでない。 
 フルタ川沿いの中心街で三、四店舗を探すうちに、ニーチェはもう、どんなワンピースも、同じもののように見えてきた。特に、口紅はまるで分からない。
 何でもいいか。どうせ、カミーラには何でも似合う。そう思った矢先のことだ。背虫の老人が、声をかけてきた。
「何か、お探しですか?」ニーチェは振り向いた。小綺麗な格好をしているところを見ると、店員のようだ。
 こいつが探してくれそうだな。普段なら無視するところだが、ニーチェには、探すことが面倒くさいという気持ちが芽生えている。好きな人への贈り物だからといって、買い物には興味がない。早く終わらせたいという気持ちで、ニーチェは、店員に応えた。
「赤いワンピースと口紅を探している」
「それでしたら、こちらをご覧ください」男は、ニーチェにタブレットを見せてきた。
『GRCの団章には、盗聴器が仕込まれている。そして、ニーチェ。お前は、監視されている。ここは筆談で。私のことを覚えているか? カミーラの執事、ジョンだ』
 カミーラの執事? 言われてニーチェは、思い出そうとした。ああ。カミーラの関係者といえば、一人しかいない。顔は見たことないが、確かに、声に聞き覚えがある。古城で話しかけてきた、謎の声の主だ。
 ニーチェは、約束を思い出し、後ろめたい気持ちでいっぱいになった。謝りたい。けれども錬金術師として、普段は王様のような態度をとっているニーチェだ。つい、傲岸不遜な態度で話し続けてしまう。
「最近の洋服屋は便利だな。こうやって、タブレットでカタログを見ることができるのか。どれどれ」ニーチェは、ジョンに話を合わせた。
「そうなんです。こんなに沢山あります。これなんかどうでしょう?」
『カミーラが危機だ』タブレットの文字だ。盗聴されているとしたら、筆談が続くとおかしく思われる。ニーチェは、二重の意味を持たせるようにして会話を続けた。
「(カミーラは)問題ない。でも、なぜ君は、(カミーラが危機だと)そう、思うんだい?」
「最近の流行なのです。こういうアクセサリーと合わせたら、オシャレですよ」
『私は錬金術師だ。所持FDは、遠距離から人の行動を監視する能力』あらかじめ書いておいたページを開き、ジョンは、自分の腕輪を、ニーチェに見せた。
「こういうのと合わせるのか。どれどれ」
 ニーチェは、ジョンの腕輪を手に取った。なるほど、確かにFだ。自分には使えないから、能力までは精査しなければ分からない。だが、ジョンが嘘をついていないことは確認できた。
「ありがとう。でも、これは趣味じゃない。だったら、これとかが良いな」タブレットに書き込む。
『僕が守ってる。問題ない』ニーチェは、ジョンを安心させようとした。だが、ジョンは、逆に青ざめた。
「これですか?」
『いや。お前がいない時、他の場所へと連れていかれてるぞ。分かってるのか?』
 文字を見て、ニーチェは狼狽えた。そんなはずはない。確かに、副団長と契約を交わした。カミーラ研究をしているのは、自分だけだ。そして、自分は手厚く保護している。それだけは間違いない。
「うーん。それはないな」ニーチェは腕組みをして考えるふりをした。
「それでは、これはいかがでしょう?」またもジョンは、タブレットに文字を書く。
『お前に覚えがなくても、お前がいない時に、酷い扱いを受けている』
「本当か?」ニーチェは思わず問いただした。
「ええ。本物でございますとも」ジョンはうまく誤魔化しながら、次のページをめくった。
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