第46話 毒(2) Poison

文字数 1,214文字

 この日々は、ニーチェにとって、人生で一番楽しい時間だった。自分以上のレベルの錬金術師と切磋琢磨し、夜はカミーラと三人で、チーズケーキを食べながら紅茶を飲む。
 カミーラがニーチェの膝を枕にして寝てしまった夜、ニーチェはジョンと、たわいない話をした。
「カミーラは、いつもチーズケーキを嬉しそうに食べる。そんなに好きなのかな?」
 ジョンは、女心が分かっていないなという顔をした。
「ニーチェ。彼女がチーズケーキを好きな理由は、お前だぞ」
「えっ?」
「前に彼女が言ってたぞ。チーズケーキは、お前が初めて彼女のために買ってくれたプレゼントだって」
 あっ……。なんだ。この、感情は。ニーチェは、胸が熱くなった。カミーラ……。カミーラは、膝で眠っている。横顔を見るが、どうしていいのか分からない。ニーチェは、自分の全ての勇気を残らず搾り出し、カミーラの頬に、無造作に手を置いた。

 こうして、実験と幸せに漬けられた三日間が過ぎた。熱心に研究し続けた結果、ニーチェには、絶望的な結論が突きつけられてしまった。カミーラに毒を射った錬金術師は、ワーグナーでも、トリスタンとイゾルデでも、ルーでも、レーでも、ラヴァーターでもなかったのだ。これでは、カミーラの解毒は成功しない。
 解毒できる特別な血は、一体、誰のものなのか。ニーチェは、考えたくなかったことを考えざるを得なかった。すなわち、ワニのおもちゃは、ゲーテの血で作動するということを。
 だが、毒がゲーテの仕業なのだとしたら、カミーラ毒殺計画の首謀者は、ゲーテだということになる。それは信じたくない。
「どうするのだ?」
 ジョンにとっては、ゲーテの存在などどうでもいい。ただ、カミーラを助けたい。ニーチェにも、その気持ちは痛いほど分かる。ここまで来たら、そうせざるを得ないのかもしれない。だが、本当にゲーテなのか? これで違っていたら、ニーチェは、悔やんでも悔やみ切れない。
 ニーチェは、すでに、ジョンのことを全面的に信用している。自分の気持ちを不器用ながらも、余すことなく打ち明けた。ジョンは「分かった」と言って、肩を叩いた。
「だったら、ゲーテを殺さずに血を奪う方法を考えよう」
「ありがとう」持論を肯定された時、ニーチェは、こんなにも自分がゲーテを殺したくなかったのだということを発見して、驚いた。
 ジョンは、こんな提案をした。
「準備をして、一緒に第一研究所に忍び込もう。私なら、ピンポイントでゲーテを見つけることができる。今なら、まだカミーラも動ける。幻術をかけておびきよせたっていい。殺さずに済むように、睡眠ガスで眠らせて攫おう。だが、もし無理だったら……、その時は分かってるな」
「……ああ。ならば、一緒に第一研究所に侵入しよう。」本当は、こんな危険を冒さない方が簡単なミッションになることは分かっている。ニーチェは感謝しながらも、失敗した時には苦渋の決断をしなければいけない、という覚悟をした。
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