第12話 食い違い Conflict

文字数 1,492文字

「ゲーテ!」
 歩く速度を全く変えず、ニーチェは、一階にある執務室の扉を開いた。まだゲーテは仕事をしている。友達なので開け方だって不躾だ。ただ、本音を曝け出せばいい。
 執務室には、書類棚と大きな机しかない。簡素な作りだ。
 ニーチェが飛び込んできたというのに、ゲーテは慌てず、座ったままで書類に目を通し続けている。ニーチェは、激しく扉を叩き閉め、そのまま、ゲーテの座っている大きな机の前に立った。
「ゲーテ! 話が違うじゃないか!」両手で激しく机を叩く。普段は感情を表に表さない。だが、心が煮え繰り返っている。今回の事件が、もし本当だとしたら、あんまりな話だ。
「どうした? まあ、落ち着けよ」机で作業をしているゲーテは、視線も上げずに、ゆっくりと話しかけた。
「落ちつけるもんか! 彼女の扱いは、一体どうなっているんだ!!
「ん? 彼女? ……カミーラのことか?」ゲーテは、資料を整えながら尋ねた。
「それ以外に何があるっていうんだ!」
「彼女がどうかしたのか?」ゲーテは、不思議そうにニーチェを見つめる。
「どうかしたのか、だと?」白い肌を紅潮させたニーチェは、細身の腕でゲーテの胸ぐらを掴んだ。タートルネックの黒いセーターが伸びる。
「クリスから聞いたぞ。君は、本当に分かっていないとでも言うのか?」
「俺は、落ち着けと、言っている」ゲーテはゆっくりと、ニーチェに掴まれている手を剥がした。座っているとはいえ、身長で十センチ近く、体重も二十キロ以上はゲーテの方が大きい。簡単に剥がされる。
「分かってない? 俺が? 何が分かってないと言うのだ?」ゲーテは、セーターのシワを伸ばしながら尋ねた。
「カミーラが本部に移送されたと聞いた。バルサーモ家に引き渡すという話も聞いた。もし、この話が本当なら……、なんとかしようとは思わないのかっ!!
「なんとか?」
 ゲーテは服を直し終わり、ゆっくり、ニーチェと目を合わせた。
「吸血鬼は捕まった。団員はもう安全だ。全ては問題ない」
「彼女との約束はどうなったんだ?」ニーチェは机越しに身を乗り出し、さらにゲーテに詰め寄った。
「約束?」
「僕は、カミーラに約束したんだ。新しい住処を提供する代わりに、古城から移動してくれと。君も、僕の作戦に同意してくれたじゃないか。それがまさか、身柄をバルサーモ家に引き渡すことになるだなんて! 僕は聞いてない! それではまるで、彼女に嘘をついたみたいじゃないか!」
「ああ。その件に関しては、俺も聞いていなかった」ゲーテは、ゆっくりと立ち上がった。
「君も知らないだって?」ニーチェは、ゲーテを見上げた。堂々としている。嘘をついているようには見えない。
「そうか。ならいい」ニーチェは、(きびす)を返し、何も言わずに部屋を出ていくことにした。が、ニーチェの肩は、ゲーテの大きなゴツゴツとした手に掴まれた。
「おい。どこにいくんだ?」
「討伐隊の責任者である君が知らないんだ。だったら、直接本部に行く。副団長に直訴する。彼女との約束を破りたくないんだ」
「……分かった。俺もいこう」ゲーテは、少し考えた後でニーチェに言った。
「え?」ニーチェは驚いた。一緒に本部に行くということは、ゲーテの望んでいる出世にとっては、絶対にマイナスになる。それでも行くというのは、どのような意図があるというのだろう。ニーチェは、ゲーテと目を合わせた。
「親友が陳情に行くんだろ? だったら、俺がついていかない理由はない」
 ゲーテは男らしい顔つきで、可愛らしいウインクをした。
 友達っていいもんだな。ニーチェは嬉しくて、ついゲーテに、普段は見せない照れ臭そうな笑顔を見せてしまった。
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