第49話 ダビデ王の騎士団(2) KOK

文字数 1,704文字

「気をつけろ! Fが、使用できなくなってる!」ニーチェは、インカムで忠告した。 
 カミーラたちは、すでに古城へと入っている。ニーチェは、尖塔の部屋から、大広間を見下ろした。戦闘中だ。
 さすがにジョンは、長い間、逃げ続けていただけのことがある。良い意味で、臆病者だ。二十体以上ある全てのホムンクルスを、惜しみなく起動させていた。
 次々とGRCに襲いかかるホムンクルス。隙間を縫って、カミーラは逃げる。だが、最初こそ面食らっていたGRCだったが、すぐに、平常心を取り戻す。今では、徐々に、ホムンクルスも押し返されている。なぜか、裏切っているホムンクルスまでがいるように見える。
 ニーチェは、こんなにも強い錬金術師たちがいるということを、見たことはもちろん、想像したこともなかった。このままでは、いずれ、カミーラが捕まってしまう。ここは、逃げるしかない。ニーチェは、インカムで指示した。
「カミーラ。そのまま、螺旋階段を登ってこい!」
 カミーラは言う通りにする。
 ニーチェには、まだ策があった。カミーラが上まで登って来たら、隠し部屋から『イコン』を使用して、地下の研究所へとダイバーダウンする。おそらく、先ほどのインカムを聞いていたジョンは、逃走の支度を整えているに違いない。そのまま、森の奥に隠されている井戸まで、秘密の地下トンネルを使用して逃走する。
 もちろん、この方法では、秘密の研究所も見つかってしまう。古城も奪われてしまう。ニーチェたちは、一気に逃亡者として追われる立場になるだろう。だが、仕方がない。背に腹は変えられない。
 その分、絶対に一矢報いる。逃げ切ったと同時に、第一研究所に急いで戻り、クリスティアーネに、毒を射ちこんだ錬金術師を調べてもらう。分からなければ、その場にいる全練金術師の血を奪う。彼女には自分のやったことがバレてしまうが、そこは仕方がない。
 ニーチェは、カミーラが来る前に、頂上の隠し部屋で、『イコン』の準備を始めることにした。『イコン』は、窓という意味を持つ。決まった場所にワープするためのFだ。ここの『イコン』は、ジョンが設置したもので、地下の秘密研究所へと繋がっている。
 もし『イコン』が使用できなくても、いちおう、非常階段がある。カミーラを逃している間、隠し部屋を出入り不可能にしておいて、自分が、全ての黒幕として戦おう。先ほどまでのカミーラは、全て自分の作った幻だと言い、命をかけて戦えば、ゲーテたちを騙せる可能性はある。
 騙せないとしても、出入り不可能にした隠し扉を探すことは困難だ。探すことに時間がかかれば、きっとジョンは、カミーラを連れて逃げてくれる。毒を治療することはできなかったが、ジョンは、なんとかしてくれるだろう。
 ニーチェは、隠し部屋の扉を開けた。なんと、地下にいると思われたジョンが、怯えきった顔で立っている。両耳に指を突っ込んだ状態だ。
「ニーチェ。フクロウの鳴き声が聞こえなければ、Fは使用できる!」ジョンは、大声で叫んだ。
 言われて、ニーチェも耳を塞いだ。なるほど。これならFを使用できるかもしれない。体内に、いつもの、オーラとFが交わる感覚が湧く。背後から、ジョンが近づいてくる。
「ジョン。カミーラが来たら、イコンで逃げよう」部屋を隠す準備をしているニーチェは背中に、チクリとした痛みを感じた。
 え? だんだん眠くなってくる。ニーチェは振り返って、ジョンを見た。
 ジョンは、何かを払うかのように、何度も頭を横に振り、耳と共に頭を抱えながら、『イコン』を使ってダイバーダウンした。
 ニーチェは理解した。臆病者のジョンは、この後に及んで、カミーラやニーチェの命より、自分の命が惜しくなったのだ。ジョンは、良い意味で臆病だったのではない。あまりにも臆病者すぎたのだ。
 ニーチェは、ジョンと飲んでいる時に、「ニーチェが来てからのカミーラの様子が、自分といた時とあまりにも違うことに、嫉妬と絶望を感じている」と言っていたことを思い出した。
 『イコン』は、ジョンの事前工作によって姿を隠し、部屋の外には、ハイヒールの音と、後に続く、たくさんの靴音が響いていた。
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