第51話 フクロウ教授(1) Professor

文字数 1,158文字

 泣いて、喚いて、精魂尽き果てたニーチェは、カミーラに覆いかぶさったまま、動けなくなった。石の地面に、自分の体温が奪い取られた。今では、石よりニーチェの方が冷たい。無だ。今までの全ての人生が、無駄だったように思える。人間は、体力がなくなった時に動けなくなるのではない。気力がなくなった時に動けなくなるものだ。
 しばらくして、背後で、申し訳なさそうな音と共に、ゆっくりと扉が開いた。 
 KOKの、白衣を着た銀仮面。それから、フクロウの被り物をしたスーツの男が入ってくる。
 これからの自分がどうなるのか。ニーチェには、もはや、興味がなかった。カミーラは死んだ。ジョンは裏切った。自分も、GRCを裏切った。友を、ゲーテと、クリスティアーネを裏切った。この上で、どうやって生きていこうというのだ。何のために、生きながらえようというのだ。
 けれども、現実は常に動いている。自分は、GRCに反逆者として捕まるのか。それとも、KOKに錬金術不正利用の罪で捕まるのか。どちらにせよ、これ以降、今までのような自由はないだろう。敗者である以上、相手の選択に身を委ねるだけだ。流れるところまで流れ着いたら、最後は、友に一言謝りたい。そして、迷惑にならないように自殺でもしよう。
 ニーチェが生きる理由は、謝罪。ただ、それだけになった。カミーラが死体になっても、ずっと一緒にいたい。だが、今、カミーラに触れられていることでさえ、KOKとゲーテが許してくれているからこそ、おこなえているのだ。
 KOKの二人が近づいてくる。ニーチェは、あえて気にすることを止めた。しっかりと、カミーラにしがみつく。この肌。この肉。全てを感触として、死ぬまで覚えておく。これが、謝罪を終えるまでの唯一のカンフル剤となるだろう。この感触を忘れたら、謝罪まで、どうやって生きていけばいいのか分からない。
 フクロウマスクは膝を折り、しがみ伏しているニーチェの背中に、そっと手を乗せた。温かい。生気を感じる。だが、今はただ、絶望に浸らせてくれ。ニーチェは、生に引っ張られそうな自分の感触に、必死で抗った。けれども、動く力は無い。心で抗うだけだ。
 男はそのまま、ニーチェの心そのものに話しかけるように、ゆっくりと、深い声を出す。
「わかる。わかるぞ。君の気持ちは、良くわかる」
甘言は心に沁みる。分かってたまるものか。ニーチェは、騙されまいと心に蓋をした。フクロウマスクは話し続ける。
「実は俺も、かつて、アルカディアンを愛していた……。だが……、彼女も殺された」
 後ろにいた白衣の男が近づこうとする。だが、フクロウマスクは手で止めた。男から、悔しい気持ちが、ニーチェの背中越しに伝わってくる。共感。なんという、魅力的な果実。ニーチェは、いつの間にか、彼の話に聞き耳を立てていた。
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