第74話 主人公(1) Hero

文字数 1,534文字

 遠くからゆっくりと、注意深い足音が聞こえてくる。ゲーテに違いない。今、何を思っているだろう。この部屋を見て、どんな気持ちになるのだろう。ニーチェは、今までの人生で一番、ゲーテの気持ちを考えていた。
 物語の結末を知っているのは、ニーチェだけだ。主人公のゲーテも知らない。ただ、傑作とは、起承転結の上でのハッピーエンドでなければならない。その期待に応えることはできるだろう。
 ニーチェは、ゲーテが困る顔を見たくなった。壇上の背後にある、団長像の陰に隠れる。陰から覗こうという計画だ。
 すぐに、ゆっくりと扉が開かれる。人の気配。ああ。少し覗く。ゲーテ。やはりゲーテだ。真面目な顔をして慌てている。ニーチェは、もっと近くでゲーテを見たい。陰から出て、姿を現した。
「ごきげんよう」ニーチェはゲーテに、笑顔で挨拶した。
 ゲーテは、すでに戦闘モードだ。MAになり、剣と短銃を手に持ち、長い大会議室を半分ほど、ニーチェに向かって歩いている。
「ニーチェ!」ゲーテは、ニーチェを見るなり叫んだ。
「満足かい?」ニーチェは、ゲーテの心を動かしたかった。訳もなく、煽りの笑顔を入れた。ゲーテの拳は震えている。
「お前、これだけのことをしでかして。何を笑っているんだぁっ!!」ゲーテは、破れ鐘のような声で怒鳴った。
「ゲーテ」ニーチェは嬉しくなった。
「君の顔も見てごらん。笑ってるぜ」自分が、ゲーテの心を動かしているのだ。
 ゲーテは、ニーチェの言葉に動揺した。壁にかかっている鏡を見る。自分が笑っている様子が見えたのだろう。驚きが隠せていない。短銃を机に置き、自分で顔を触っている。
「オポポ♪」
 ニーチェの笑い声を聞き、ゲーテは、何かを決断したようだ。剣を取り、つかつかと、ニーチェへ向かって、さらに近づく。
「ニーチェーッ!」ゲーテは、笑いながら大声で叫んだ。
 ニーチェは嬉しくなった。もっと友と、会話がしたい。
「ゲーテ。君は絶対、僕には勝てな」
 ニーチェが話しかけている途中だった。ゲーテは、一足飛びに壇上に詰め寄り、剣を振るった。袈裟斬りだ。だが、ニーチェは寸前で避ける。『ノートゥング』を発動している。当たるはずがない。
 ゲーテは、さらに追撃してきた。ドイツ実践剣術は、格闘技とは一線を画す。圧倒的遠間からの一方的な連続攻撃。剣を抜く隙もない。崩した体のバランスを戻す時間もない。普通なら、すでにニーチェは死んでいる。
 よくぞここまで研鑽を積んだ。それでこそ我が友だ。ニーチェは笑みを浮かべながら、余裕な顔でゲーテの剣撃をかわしていく。
「僕の剣を見ろ」ニーチェが言う。
 だが、ゲーテは言うことを聞かない。それでも、これほどまでに当たらないので、剣筋に迷いが生じている。しばらく攻撃した後、ゲーテは、安全な後方へと下がった。ニーチェが握っている、鞘に入った剣を見る。
「それは?」
「ノートゥング。副団長の、いや、今は、私の剣です。オーポポポポ」真面目なゲーテの驚いている顔が面白い。ニーチェは『エリクシール・ポワゾン』も発動させて、ゲーテをさらに驚かせようと思った。
 団長像の後ろから、赤いドレスを着た美女の幻影を出現させる。カミーラだ。
 驚くかと思ったが、ゲーテは冷静だった。再びニーチェに向かって突撃したかと思いきや、左右に揺さぶり、ニーチェをすり抜け、そのまま、幻影のカミーラへと、剣を振り落とした。
 ゲーテの持っている剣は、ゲーテとニーチェが若い時に共同開発した剣、『ゴールデン・グローリー』だ。オリハルコン製のこの剣は、オーラを込めることでアルカディアンを斬ることが出来る。つまり、『ノートゥング』の効果で攻撃が当たらないニーチェは倒せないが、カミーラだったら斬り殺すことが可能なのだ。
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