第8話 古城(3) Old Castle

文字数 1,372文字

 人が入ってきた。だが、男ではない。ハイヒールを履いた白人女性だ。肩までかかる薄い黄金色の髪。黒いワンピース。服から覗く肌は全て陶器のように、透明なほど白くて滑らかだ。青くて大きな瞳。高くも低くもない柔らかい鼻筋。口角の上がった厚ぼったい唇。全てのパーツが、最高のバランスで顔の上に乗っている。美人どころか、まるで人形のように生きている感じがしない。完璧な作りだ。
 女性は軽く微笑みがら、ニーチェのいる牢屋の前までやってきた。美しすぎてゾッとする。彼女は、座っているニーチェをじっと見つめた。ニーチェも、ただ、見つめ返すことしかしたくない。
 普段のニーチェなら、男の声がしていたのに女性が来たことや、これからどんな計略が待っているかなどを考えるものだ。だが、なぜか、全く、彼女を見つめるという以外のことを考えられない。少しでも多くの時間を美しいモノを見るために使う。それしか考えられない。
 女性の丸い下唇と広がった上唇が、ゆっくりと、潤いを浴びながら開いていく。左右の奥歯に牙があるが、ニーチェは、それこそが自然な造形美だ思った。何も疑問を抱かない。
「貴方が嘘をついていないか、私は、血を吸うことで知ることができるのです」
 ニーチェは立ち上がり、女性を刺激しないようにして腕を突き出した。信じると決めたのだ。何があろうとも、完全に相手を信じる。そして、天地神明に誓って、自分は、相手に嘘をついていない。
 吸血鬼はニーチェの腕をとり、目を合わせながら口を開く。幼さの残る顔に妖艶な笑みを浮かべる。ゆっくりと、ニーチェの腕を噛む。歯が食い込む。刺すような痛み。だが、一瞬で治まる。後は、快楽ともいえる安らぎが続く。
 十秒ほど噛んだ後、吸血鬼は、自然な体勢へと戻った。
「貴方は、自分の一生を懸けてでも、約束と、私たちを守ってくれると誓いますか?」真剣な眼差し。
「誓う」ニーチェも同じように、真剣な眼差しで返事をした。
 お互いが無言で見つめ続けた後、吸血鬼は急に、今までとは違う無邪気な笑顔を返してきた。
「それならばニーチェ。貴方を信じましょう。私の名はカミーラ。確かに吸血鬼です」
「ということは、本物のアルカディアンということなのか?」
 それならば、今までに起きた出来事は全て解明する。アルカディアンならば、GRCの錬金術師を倒せることにも納得がいく。だが、カミーラは、分からないという顔で首を捻った。
「そう。彼女はアルカディアンだ」部屋の外から声がする。ニーチェを牢屋へと先導した男の声だ。カミーラは、無邪気で不思議そうな表情を崩さない。純粋の塊。男は、姿を見せずに話を続けた。
「彼女は、自分がアルカディアンだということをあまりよく理解できていない。お前たちを退けてきたのは、全て私が画策したことだ」
「では、貴方もアルカディアンなのか?」
「いや、違う。私は錬金術師だ。持っているFについて話す気はないが、侵入者に危害を加えたのは、全て私一人の責任である」
 言われても、元よりニーチェには、彼らに報復しようという気はない。それよりも知りたいことがある。
「では、貴方は、この城の所有者、ジョージ・ゴードン・バイロンの関係者ですか? もし関係者であるならば、私が責任を持って、今後、この城には立ち入らせないように、依頼してきた貴族と話し合いをしましょう」
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