第50話 ダビデ王の騎士団(3) KOK

文字数 1,638文字

「ん、んん……」
 頭痛。頬に石の床の感触。冷たい。ニーチェは、ゆっくりと目を開けた。狭い隠し部屋ではない。いつの間にか、尖塔の頂上にある広い部屋へと移動している。
 隣には、横たわるブロンズ髪の女性。カミーラだ。捕まったのか? 一瞬にして覚める。青マントの錬金術師たちが、自分とカミーラを見おろしている。GRCの団員だと思っていたが違う。ゲーテ以外の全員が、KOKという徽章をつけている。
 KOK。ナイツ・オブ・キングダビデ。ダビデ王の騎士団。リアルとアルカディアのバランスを保つために存在するといわれている、伝説の騎士団だ。知ってはいたが、本当に存在するとは思っていなかった。
 だが、そんなことはどうでもいい。カミーラが隣で倒れている。誰だ? 誰がやったのだ? お前か! ニーチェは、一番近くでしゃがんでいる、お面を被った黒髪の青年に襲いかかった。
 とはいえ、相手はKOKだ。いくらニーチェがカンプフリンゲンを嗜んでいるからといって、伝説の騎士団には敵わない。その上、睡眠ガスを吸って疲弊もしている。ニーチェは、簡単に組み伏せられた。
 くそ! くそっ!! ニーチェは関節を決められていたが、なおも、全ての力を振り絞った。組み伏せられたまま、体を引きずり、カミーラに近づく。自分の命はどうなったっていい。カミーラがどうなったのか。カミーラを守りたい。今は、それだけが全てだった。
 お面の男は、興味深そうな顔で、ニーチェとカミーラを見比べていた。後方に控えていたゲーテが言う。
「カトゥー。彼は、ニーチェは、カミーラのことを愛しているのです」
「えっ! リアリストがアルカディアンに恋? そんなことあんの?」お面を被っているカトゥーは、面白いモノでも見るかのように、体の下で蠢くニーチェをじっくりと観察した。笑みが溢れる。カトゥーは、ニーチェに言った。
「手を離すから落ち着け。俺たちは、敵じゃない。むしろ、お前と友達になりたいと思っている。いいか。暴れるなよ。手を離すからな」
 上に乗っているカトゥーは、ニーチェとは戦闘レベルが違う。にも関わらず、殺したり、傷つけようとする意思が感じられない。ニーチェは抵抗を止めた。力が抜けたことに満足し、カトゥーは、ゆっくりと手を離す。
「カミーラ! カミーラ!!」ニーチェはすぐさま、倒れているカミーラを揺り動かした。もはや、カミーラ以外は目に入らなかった。
 カトゥーは、のろのろと立ち上がり、ニーチェを一瞥した後で、欠伸をしながら部屋を出て行こうとする。
「どうするのですか、カトゥー」カミーラの一番近くにいた、銀の仮面を被った白衣の西洋人が聞く。
「もう、カミーラは何もできないでしょ? 恋人の邪魔してると思ったら、なーんか飽きちゃった」
 カトゥーは興醒めな顔で片手を挙げ、みんなを残して、階段を降りていってしまった。仕方ないという顔で、サングラスをかけたゴツい白人と、ゴーグルをかけた坊主の黒人も後に続く。
「彼女は、最初に闘ったカトゥーの獲物。私たちに、何かをする権利はないアル」中国人らしい少女もゲーテを引き、共に螺旋階段を降りていく。
 白衣の男は立ち上がり、フクロウの被り物をした男と共に、部屋の外へと出ていった。
 部屋には、ニーチェとカミーラだけになった。カミーラは、微動だにしない。脈もない。息もしていない。肌は青白さを通り越し、地面が透けて見えるほどに透明だ。揺してみる。体温も、異常に冷たい。まるで、時間が止まっているかのようだ。
 死体。ニーチェは、出会ってから今までの九ヶ月を思い浮かべた。自分では、彼女との約束を守ろうとしていた。ただ、それだけだと思っていた。だが、今、分かった。自分は、確かに、カミーラのことを愛していた。胸が張り裂ける。
「あっ、あっ、うばあああああああああ!!!」知らない感情が強烈な津波となり、声と共に体内から湧き出てくる。ニーチェは、それを止める術を知らなかった。
 フクロウの声は、すでに鳴き止んでいた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み