第22話 トロントの夜

文字数 840文字

「あれに対抗する音楽を、お前は見つけなきゃいけない。期限は一週間。そこを過ぎたら、俺が決める」

 暗い天井を見つめながら、俺は岩瀬先生の言葉を思い出していた。

 一つ、思い当たるものがあった。
 思い当たるというより、引っかかるもの。

 去年の夏、トロントでのスケート合宿。
 ホームステイ先の家は両親が留守がちで、大学生の息子の悪友のたまり場になっていた。
 出入りするチンピラに好奇の目で舐め回されるのが不快だった。
 向こうに住んでる寒河江(さがえ)(あきら)に「俺の家に来る?」と同情された。
 行かなかったが。

 最終日、疲れていた俺は早く眠りたかったのだが、件のホストブラザーに、上で映画を見てるからお前も来いよ、と誘われた。
 ニヤつきの消えた真顔に妙な迫力を感じ、言われるがまま二階へ上がった。
 扉を開けると既に映画は始まっていて、薄闇の中、画面に照らされた五人の顔が一斉に振り返って俺を見た。

 俺はなぜかテレビの真ん前に案内された。
 テーブルの上には、酒瓶。
 筋肉質の白人とヒスパニックの男に挟まれ、これはいざとなったら逃げられないかもな、と伏し目で退路を探していた。

 だが、彼らは真剣にその映画を見ていた。
 俺の存在など特段気にも留めず、魅せられていると言っていいほど画面に見入っていた。
 きっともう何度も見ているのだろう。
 時々ワンカットで入るサブリミナルを指差しては、悪戯っぽい笑みを浮かべた。
 さながら少年達の秘密基地。
 そこへ特等席で迎え入れてくれたというのは、彼らなりのフェアウェルの形だったのかもしれない。

 生憎あの時の俺は眠気と闘うのに必死で、内容は頭に入ってこなかった。
 せめて字幕が欲しかった。
 朦朧(もうろう)とした意識に深く沈み込むような音楽が、やけに心に残っている。
 不穏なノイズ。
 タフなビート。
 ストイックなミニマルミュージック。

 あの映画の名前は何だっけ。

 最後、ブラッド・ピットが消えた。
 なぜ消えたんだ? 

 主人公の、エドワード・ノートン。
 彼は本当は誰と殴り合っていたんだ?
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登場人物紹介

芝浦刀麻(しばうら とうま)


・榛名学院高等部一年。15歳。スケート部所属。

・北海道帯広市出身のフィギュアスケートとスピードスケートの二刀流スケーター。

・スピードスケート選手の父とフィギュアスケート選手の母のもとに生まれる。

・高校一年生の5月に榛名学院高等部に転校してくる。

・小学生の頃は野辺山合宿に参加するなど優れたフィギュア選手として頭角を表していたが、とある事件の後フィギュアをやめ、中学時はスピードスケート選手として500mの道内記録を塗り替え、全国大会二位の成績を収める。

・今作は、彼が再びフィギュアの世界に戻ってきたところから物語が始まります。

・12月8日生まれ、射手座のO型。

・身長178cm。

・得意技は四回転サルコウ、ハイドロブレーディング。苦手な技は特に無し。氷上は全て彼の領域。

霧崎洵(きりさき じゅん)


・榛名学院高等部一年。15歳。スケート部所属。

・全日本ジュニア選手権2位、世界ジュニア選手権3位と、昨シーズン破竹の勢いで頭角を表したフィギュアスケーター。

・学業優秀、スポーツ万能。そんな彼が唯一苦手とするのが“スケート”……その真相とは。

・双子の妹、汐音(しおん)はかつて史上最年少でトリプルアクセルを成功させた天才フィギュアスケート選手だった。

・出会った時から刀麻に反発し、初日にいきなり殴り合いの喧嘩をすることに。何が原因で、どんな経緯があったのか……?

・今作は刀麻と洵の愛憎を軸に物語が進みます。

・11月25日生まれ。射手座のAB型。

・身長167cm。

・得意技は三回転フリップ+三回転トウループのコンビネーションジャンプと、柔軟性を生かしたビールマンスピン。苦手な技はトリプルアクセル。

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