第16話 闇に羽ばたく

文字数 995文字

「あの子、ちょっとすごいですね」
 ラジカセにCDをセットし、弥栄ちゃんはぽつりと言った。

 視線の先には刀麻君。
 バッククロスでぐいぐいと漕ぎ、突然カウンターで前を向くと軽々とスリージャンプを跳び、着氷後ただちに二度ツイズルを回った。

「……本当にすごいわね。是非ともマイシューズで滑っているのを見てみたいんだけれど」
「えっ! あれ貸靴ですか? ……本当だ」
 弥栄ちゃんは目を丸くして、乗り出すようにしばらく彼の滑りに釘付けになっていた。

 刀麻君の滑りに魅入られていたのは私も同じだった。
 他の生徒達の指導をしながらも、目はついつい彼を追ってしまう。
 いけない、と気を確かに持っても、気付けばまた視線が吸い寄せられる。

 スケーティングが風のように速い。
 スピードスケートと関係あるのか知れないが、フィギュアの靴であんなに速く滑れる子はちょっと見たことがない。
 それでいて、誰かにぶつかる気配を微塵も見せない。
 避けていく、ですらなく、あらかじめルート取りをしているように。
 フォアでもバックでも、誰がどこにいてどう動くかを完全に読み切ってラインを取っている。

 背中に第三の目があるとでも言うのか。
 でなければ全身がセンサーだ。

 何より私が一番驚いたのは、その圧倒的なリンクカバーの大きさだった。
 隙あらばフェンスぎりぎりを攻め、左右表裏、濃密に氷面を使う。
 それが氷ならばたとえ角砂糖一つ分であっても見逃すまいと言うように、周を重ねるたび、自分の領地を塗り替えていく。

 ……どういうことなの? 
 こんなの、ちょっとやってたなんてレベルじゃないでしょう。

 顔を見ると、感覚をありったけ研ぎ澄ませるかのようにきつく目を閉じていた。
 そして突然キッと目を見開き、ほんの一瞬不敵な笑みを浮かべたかと思うと、飛んだ。
 ダブルアクセル。
 瞬間、背中に黒い翼が芽吹くのが見えた。
 踏み切りで羽化し、回転とともに羽根が舞い、着氷と同時にこぼれ落ちる。

 私は思わず目をこすった。
 翼は消え、氷面にはトレース以外何も残されていない。

 ……幻を見たのか。

 脳裏で一連の動きをリピートする。
 どこを切り取っても無駄が無く、自然極まりない流れが逆に不気味だった。

 ランディングの流れに乗ったまま、刀麻君はイーグルを回っていた。
 インサイドのディープエッジで、まるで自ら描いた魔法陣の中心に、最後の一画を加えるかのように。
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登場人物紹介

芝浦刀麻(しばうら とうま)


・榛名学院高等部一年。15歳。スケート部所属。

・北海道帯広市出身のフィギュアスケートとスピードスケートの二刀流スケーター。

・スピードスケート選手の父とフィギュアスケート選手の母のもとに生まれる。

・高校一年生の5月に榛名学院高等部に転校してくる。

・小学生の頃は野辺山合宿に参加するなど優れたフィギュア選手として頭角を表していたが、とある事件の後フィギュアをやめ、中学時はスピードスケート選手として500mの道内記録を塗り替え、全国大会二位の成績を収める。

・今作は、彼が再びフィギュアの世界に戻ってきたところから物語が始まります。

・12月8日生まれ、射手座のO型。

・身長178cm。

・得意技は四回転サルコウ、ハイドロブレーディング。苦手な技は特に無し。氷上は全て彼の領域。

霧崎洵(きりさき じゅん)


・榛名学院高等部一年。15歳。スケート部所属。

・全日本ジュニア選手権2位、世界ジュニア選手権3位と、昨シーズン破竹の勢いで頭角を表したフィギュアスケーター。

・学業優秀、スポーツ万能。そんな彼が唯一苦手とするのが“スケート”……その真相とは。

・双子の妹、汐音(しおん)はかつて史上最年少でトリプルアクセルを成功させた天才フィギュアスケート選手だった。

・出会った時から刀麻に反発し、初日にいきなり殴り合いの喧嘩をすることに。何が原因で、どんな経緯があったのか……?

・今作は刀麻と洵の愛憎を軸に物語が進みます。

・11月25日生まれ。射手座のAB型。

・身長167cm。

・得意技は三回転フリップ+三回転トウループのコンビネーションジャンプと、柔軟性を生かしたビールマンスピン。苦手な技はトリプルアクセル。

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