第3話 光と闇

文字数 748文字

「On the ice, representing Japan, Jun Kirisaki」

 名前をコールされ、リンクに出る。
 両手を挙げて拍手に(こた)えるも、笑顔までは作る余裕が無い。

「心の奥、中心点から目を逸らすな」
 俺はリンクを回りながら、先生の言葉を頭の中で繰り返していた。

 目を閉じ、心の奥へ潜ってみても、中心なんてものは見えそうにない。
 そこにあるのは、何重にも螺旋を描く(うず)だ。
 全てが(うな)りを上げて共鳴し、回転しながらどこかへ向かう。
 その目的地。
 即ち中心点。
 必ず存在するはずなのに、どんなに心の眼を凝らしても暗闇に吸い込まれていく。
 
 俺は自嘲(じちょう)の笑みを浮かべた。
 ……いいだろう。暗闇なら、受け入れる。
 空白よりかはずっとマシだ。
 ここならば、砂金の霧も暗黒に同じ。

 俺はリンクの中央に立つと、目を見開き、音楽を(おび)き寄せるように右手を伸ばした。


 氷上は、銀色の雲の海のようだ。
 この美しさを端的に表す固有の言葉があればいいのにと思う。

 だが、俺のトレースには影が落ちる。
 闇が広がる。
 (しょく)のあちらとこちら。
 向こうにはもちろん、汐音がいる。
 俺は、光にはなれない。

 蝕の影に身を浸しながら、俺は一筋の光を待っていた。
 一瞬でいい。
 天から差す、本物の光を。

 金色の粒子がちらつく。言語を失ったモヤは、虫のような羽音を立ててまとわりつく。
 金色の鱗粉(りんぷん)をこれ見よがしに撒き散らして。
 ……輝きが、全て光だとは限らない。

 俺は固く心の目を(つぶ)る。
 暗闇を照らすことができるのは、本物の光だけだ。

『トリプルアクセルは、神様からの贈り物なの』
 ……ならば、一筋の光も差さない俺は、神に見放されているということになるな。

「そんなことしてると、転ぶよ」

 俺はハッと目を見開いた。

 今のは、誰の声だ?
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

芝浦刀麻(しばうら とうま)


・榛名学院高等部一年。15歳。スケート部所属。

・北海道帯広市出身のフィギュアスケートとスピードスケートの二刀流スケーター。

・スピードスケート選手の父とフィギュアスケート選手の母のもとに生まれる。

・高校一年生の5月に榛名学院高等部に転校してくる。

・小学生の頃は野辺山合宿に参加するなど優れたフィギュア選手として頭角を表していたが、とある事件の後フィギュアをやめ、中学時はスピードスケート選手として500mの道内記録を塗り替え、全国大会二位の成績を収める。

・今作は、彼が再びフィギュアの世界に戻ってきたところから物語が始まります。

・12月8日生まれ、射手座のO型。

・身長178cm。

・得意技は四回転サルコウ、ハイドロブレーディング。苦手な技は特に無し。氷上は全て彼の領域。

霧崎洵(きりさき じゅん)


・榛名学院高等部一年。15歳。スケート部所属。

・全日本ジュニア選手権2位、世界ジュニア選手権3位と、昨シーズン破竹の勢いで頭角を表したフィギュアスケーター。

・学業優秀、スポーツ万能。そんな彼が唯一苦手とするのが“スケート”……その真相とは。

・双子の妹、汐音(しおん)はかつて史上最年少でトリプルアクセルを成功させた天才フィギュアスケート選手だった。

・出会った時から刀麻に反発し、初日にいきなり殴り合いの喧嘩をすることに。何が原因で、どんな経緯があったのか……?

・今作は刀麻と洵の愛憎を軸に物語が進みます。

・11月25日生まれ。射手座のAB型。

・身長167cm。

・得意技は三回転フリップ+三回転トウループのコンビネーションジャンプと、柔軟性を生かしたビールマンスピン。苦手な技はトリプルアクセル。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み