第12話 STEP IN THE DAY(後)
文字数 1,154文字
シバちゃんは何も言わなかったが、歩き始めるとついて来た。
ひとまず僕は安心した。
「なしたの?」
訊きながらも、うっすらと心当たりがあった。
シバちゃんがこの直前に、フィギュアスケートの合宿に参加していたのを僕は知っていた。
確か、ノベヤマとか言っていた。
それがどこにあるのかは知らないけれど、そこで何かがあったんだろう。
きっとすごく嫌な何かが。
シバちゃんはしばらく黙っていたが、やがて重い口を開いた。
「……オギちゃんさ、足が無い夢って見たことある?」
俯きながら言うシバちゃんの顔は血の気が引いたように真っ白だった。
僕は首を横に振った。
「無い。けど、何それ。おっかない」
「……俺、野辺山から戻ってきて毎晩怖い夢を見るんだ。足が無いとさ、靴が履けないでしょ。だから滑りたくても滑れなくて……仕方なく、俺、みんなが滑るのを黙って外で見てるんだ。そうして突っ立ってるとさ、だんだん足だけじゃなくて、身体まで薄くなってきて、自分が消えそうになって……」
途切れ途切れに吐き出しながら、シバちゃんはかたかたと震えていた。
気付けば僕はコンクリートに跪き、シバちゃんの片方の足首を両手で掴んでいた。
「大丈夫だよ! シバちゃんの足、ちゃんとあるよ。だって、ほら、僕触れるもん」
シバちゃんは驚いたように僕の顔と自分の足を交互に見た。
潤んだ瞳をぱちぱちと何度も瞬かせて、口をぽかんと開けて。
その時のシバちゃんの顔は、本当に無防備な子供だった。
最初は冷たかった足首が、僕の手のひらの体温と混ざり合って、その温もりは僕のものなのかシバちゃんのものなのかすっかり分からなくなっていた。
僕は恥ずかしくなってそっと手を離し、へらっと笑った。
「ね、シバちゃん、靴履こう」
そしたらシバちゃんは不思議なほど素直に頷いて、靴を履いてくれた。
そして、二人してまるで何事も無かったかのようにリンクに向かった。
監督がまだ険しさの取れない顔でこちらを見ていたけれど、僕は平然としていた。
立ち直りが早いのは、子供の特権だもんね。
氷に乗る時、シバちゃんはほんの少しだけ躊躇う様子を見せた。
視線は鋭く氷面を捉え、何かを警戒しているようにも見えた。
だから、僕は先に行って、手を差し出した。
「氷は友達、怖くないよ」
「……それ、キャプテン翼でしょ!」
シバちゃんは、俺森崎君かよと笑って、がさつな感じで僕の手を取った。
シバちゃんが氷に乗った。
……ただそれだけのことなのに、僕はホッとした。
胸がすごく温かくなって、自分の心臓の音がとくとくと気持ちよく耳の中で響いていた。
僕は本当に嬉しかったんだ。
だって、シバちゃんは氷の神様だもん。
いつだって氷の上で笑っていてほしいよ。
たとえ僕たちが離れても、大人になっても、ずっと。
ひとまず僕は安心した。
「なしたの?」
訊きながらも、うっすらと心当たりがあった。
シバちゃんがこの直前に、フィギュアスケートの合宿に参加していたのを僕は知っていた。
確か、ノベヤマとか言っていた。
それがどこにあるのかは知らないけれど、そこで何かがあったんだろう。
きっとすごく嫌な何かが。
シバちゃんはしばらく黙っていたが、やがて重い口を開いた。
「……オギちゃんさ、足が無い夢って見たことある?」
俯きながら言うシバちゃんの顔は血の気が引いたように真っ白だった。
僕は首を横に振った。
「無い。けど、何それ。おっかない」
「……俺、野辺山から戻ってきて毎晩怖い夢を見るんだ。足が無いとさ、靴が履けないでしょ。だから滑りたくても滑れなくて……仕方なく、俺、みんなが滑るのを黙って外で見てるんだ。そうして突っ立ってるとさ、だんだん足だけじゃなくて、身体まで薄くなってきて、自分が消えそうになって……」
途切れ途切れに吐き出しながら、シバちゃんはかたかたと震えていた。
気付けば僕はコンクリートに跪き、シバちゃんの片方の足首を両手で掴んでいた。
「大丈夫だよ! シバちゃんの足、ちゃんとあるよ。だって、ほら、僕触れるもん」
シバちゃんは驚いたように僕の顔と自分の足を交互に見た。
潤んだ瞳をぱちぱちと何度も瞬かせて、口をぽかんと開けて。
その時のシバちゃんの顔は、本当に無防備な子供だった。
最初は冷たかった足首が、僕の手のひらの体温と混ざり合って、その温もりは僕のものなのかシバちゃんのものなのかすっかり分からなくなっていた。
僕は恥ずかしくなってそっと手を離し、へらっと笑った。
「ね、シバちゃん、靴履こう」
そしたらシバちゃんは不思議なほど素直に頷いて、靴を履いてくれた。
そして、二人してまるで何事も無かったかのようにリンクに向かった。
監督がまだ険しさの取れない顔でこちらを見ていたけれど、僕は平然としていた。
立ち直りが早いのは、子供の特権だもんね。
氷に乗る時、シバちゃんはほんの少しだけ躊躇う様子を見せた。
視線は鋭く氷面を捉え、何かを警戒しているようにも見えた。
だから、僕は先に行って、手を差し出した。
「氷は友達、怖くないよ」
「……それ、キャプテン翼でしょ!」
シバちゃんは、俺森崎君かよと笑って、がさつな感じで僕の手を取った。
シバちゃんが氷に乗った。
……ただそれだけのことなのに、僕はホッとした。
胸がすごく温かくなって、自分の心臓の音がとくとくと気持ちよく耳の中で響いていた。
僕は本当に嬉しかったんだ。
だって、シバちゃんは氷の神様だもん。
いつだって氷の上で笑っていてほしいよ。
たとえ僕たちが離れても、大人になっても、ずっと。