第8話 高崎駅改札前

文字数 772文字

 改札前で待ち合わせしたはずなのに、とーまはなぜかピアノ時計の真下で天井を見上げていた。
 コンコースのど真ん中で、黒ずくめですらっと立っているから、そこだけ空間が切り取られたみたいに目を引く。

「なんか高崎って楽器の飾り多いね。公園にもでかいバイオリンの電話ボックスあった」
 グランドピアノを象った時計を指差して、とーまは言う。
 コントラバスね、と私は突っ込む。

「音楽のある街ってコンセプトなの。プロのオーケストラもあるし、ライブイベント多くて、ストリートミュージシャンにも寛容」
「委員長の町って感じ」
 とーまはニッと笑ってこっちを見る。
 私はうつむく。
「……そんなことないよ。もう五年もいるのに、あまり馴染めないもん」

 お母さんが思った以上に高崎を気に入ったから、お父さんは二年前から横浜に単身赴任してる。
 めでたく転校続きの日々とおさらばできたのに、生き生きしているお母さんを尻目に、相変わらず私には居場所が無い。
 ……なんて、まただ。落ち込むとつい大げさな言葉を使いたくなるのは、私の悪い癖。

 でも、こんな街、どこがいいの。
 取って付けたようなコンセプトも、これ見よがしのオブジェも、白々しくて息苦しい。
 方々を囲む山とともに、私に迫ってくる。

 思わずきり、と下唇を噛んだ。その瞬間、
「じゃあ今日は抜け出そうぜ」

 とーまが急に私の手を取ったから、私は心臓が止まるかと思った。
 特別なことなんて何一つ無いみたいに。
 でも、握る力は振り解けないほど強い。
 長い指の感触が氷のように冷たくて、自分の高潮した体温が際立つ。
 見上げると、とーまはナイフのように鋭い横顔をしていた。
 何も寄せ付けたくないという心の声が聞こえてきそうだった。

 寄り添えているのが、とてつもなく尊いことに思えた。
 何かホッキョクグマのような絶滅危惧種に心を許されたような。
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登場人物紹介

芝浦刀麻(しばうら とうま)


・榛名学院高等部一年。15歳。スケート部所属。

・北海道帯広市出身のフィギュアスケートとスピードスケートの二刀流スケーター。

・スピードスケート選手の父とフィギュアスケート選手の母のもとに生まれる。

・高校一年生の5月に榛名学院高等部に転校してくる。

・小学生の頃は野辺山合宿に参加するなど優れたフィギュア選手として頭角を表していたが、とある事件の後フィギュアをやめ、中学時はスピードスケート選手として500mの道内記録を塗り替え、全国大会二位の成績を収める。

・今作は、彼が再びフィギュアの世界に戻ってきたところから物語が始まります。

・12月8日生まれ、射手座のO型。

・身長178cm。

・得意技は四回転サルコウ、ハイドロブレーディング。苦手な技は特に無し。氷上は全て彼の領域。

霧崎洵(きりさき じゅん)


・榛名学院高等部一年。15歳。スケート部所属。

・全日本ジュニア選手権2位、世界ジュニア選手権3位と、昨シーズン破竹の勢いで頭角を表したフィギュアスケーター。

・学業優秀、スポーツ万能。そんな彼が唯一苦手とするのが“スケート”……その真相とは。

・双子の妹、汐音(しおん)はかつて史上最年少でトリプルアクセルを成功させた天才フィギュアスケート選手だった。

・出会った時から刀麻に反発し、初日にいきなり殴り合いの喧嘩をすることに。何が原因で、どんな経緯があったのか……?

・今作は刀麻と洵の愛憎を軸に物語が進みます。

・11月25日生まれ。射手座のAB型。

・身長167cm。

・得意技は三回転フリップ+三回転トウループのコンビネーションジャンプと、柔軟性を生かしたビールマンスピン。苦手な技はトリプルアクセル。

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