第23話 このレースだけは

文字数 860文字

「選手の紹介です。インナーレーン、柏林中、芝浦刀麻(しばうらとうま)。アウターレーン、同じく柏林中、荻島雷(おぎしまらい)
 
 アナウンスが流れ、僕とシバちゃんはそれぞれ手を挙げて答える。
 拍手とざわめきの中、僕はエイちゃんの言葉を思い出していた。

「俺さぁ、こういう場合、どっちを応援したらいいか分かんねぇわ。……けど、オギ、俺は今世界で一番お前がうらやましい」

 昨日の500mの決勝で上位十二人の中に入り、全国出場を決めたエイちゃんは、まだやり足りないという顔をしていた。
 38秒81。
 シバちゃんの記録には、あと一秒届かなかったからだ。
 僕らはどうもこの一秒に縁があるらしい。
 エイちゃんがシバちゃんより速いと証明する機会は、一ヶ月先に延びたということだ。


「昔さ、同じクラスに山崎里紗って子がいたよね」
「……ああ、委員長。転校生で、また転校しちゃったっけ」

「どこに転校したか覚えてる?」
「……いや」

 高崎だよ。
 僕は心の中で言った。
 群馬の高崎。
 僕が初めて覚えた、県庁所在地ではない他県の街。

「あの子さ、シバちゃんのこと好きだったと思うよ」
「マジで」
 シバちゃんはさして興味が無さそうな声で言った。
 僕はかすかに闘志の炎が点るのを感じた。

「……僕は、あの子のことが好きだったからさ、分かるんだよ」

 僕の呟きに、シバちゃんは少しだけ驚いたような表情を見せたが、何も言わず、またリンクの氷面に視線を落とした。

 やっぱりシバちゃんは気付いていなかったんだな。
 斜め後ろの席から、校庭から、リンクサイドから、あんなに見つめられていたというのに。
 挙げ句の果てに、あの子がどこに行ってしまったのかも覚えちゃいないと言う。

 そうだ。
 いつだってシバちゃんはそうだった。
 あの子のことだって、エイちゃんのことだって、僕のことだって。

 シバちゃんは、氷しか見ていない。

 シバちゃんはあの時、自分を弱虫だと言ったね。
 シバちゃんは、弱虫なんかじゃないよ。
 ……ただ、すごくワガママだ。

 僕は強く思った。
 今日だけは、このレースだけは、絶対にシバちゃんに負けたくない。
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登場人物紹介

芝浦刀麻(しばうら とうま)


・榛名学院高等部一年。15歳。スケート部所属。

・北海道帯広市出身のフィギュアスケートとスピードスケートの二刀流スケーター。

・スピードスケート選手の父とフィギュアスケート選手の母のもとに生まれる。

・高校一年生の5月に榛名学院高等部に転校してくる。

・小学生の頃は野辺山合宿に参加するなど優れたフィギュア選手として頭角を表していたが、とある事件の後フィギュアをやめ、中学時はスピードスケート選手として500mの道内記録を塗り替え、全国大会二位の成績を収める。

・今作は、彼が再びフィギュアの世界に戻ってきたところから物語が始まります。

・12月8日生まれ、射手座のO型。

・身長178cm。

・得意技は四回転サルコウ、ハイドロブレーディング。苦手な技は特に無し。氷上は全て彼の領域。

霧崎洵(きりさき じゅん)


・榛名学院高等部一年。15歳。スケート部所属。

・全日本ジュニア選手権2位、世界ジュニア選手権3位と、昨シーズン破竹の勢いで頭角を表したフィギュアスケーター。

・学業優秀、スポーツ万能。そんな彼が唯一苦手とするのが“スケート”……その真相とは。

・双子の妹、汐音(しおん)はかつて史上最年少でトリプルアクセルを成功させた天才フィギュアスケート選手だった。

・出会った時から刀麻に反発し、初日にいきなり殴り合いの喧嘩をすることに。何が原因で、どんな経緯があったのか……?

・今作は刀麻と洵の愛憎を軸に物語が進みます。

・11月25日生まれ。射手座のAB型。

・身長167cm。

・得意技は三回転フリップ+三回転トウループのコンビネーションジャンプと、柔軟性を生かしたビールマンスピン。苦手な技はトリプルアクセル。

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