第10話 ディレイドジャンパー

文字数 891文字

「少し助走つけるぜ」
 呟き、トーマは勢いよく滑り出した。

 その速さに息を呑む。
 最初の直線的な漕ぎで軌道に乗ると、滑らかな体重移動で加速する。
 まるで意志を持った弾丸だ。
 加速は止まらず、壁にぶつかる、とヒヤリとした瞬間ターンで軌道を変えた。
 ……来る。

 左のエッジをぐっと内側に倒して身体をしならせると、氷の芯を(えぐ)り出すように跳び上がった。

 四回転サルコウ。

 空中に浮き上がってから回転を始め、最高到達点で最高速度に達し、氷に受け止められるように着氷する。
 高くて遠い、放物線の残像。
 その意味を理解できてしまうがゆえに、拳の震えが止まらない。

 ……こいつ、ディレイドジャンパーか。

 ディレイドジャンプには、タノもエントランスの小細工も要らない。
 幅と高さがそのまま加点に直結する。
 ジャンプの性質とは、持って生まれたものだ。
 身に付けた後で変えることはできない。
 (すなわ)ち、天恵。

 ディレイドになりにくいサルコウをこんな風に跳ぶ人間を、俺は一人だけ知っている。
 ……汐音(しおん)だ。

「すごい! 僕、こんな間近でクワド見たの初めてだ」
 拍手なんかするな、真人(まなと)
 俺は腕組みの姿勢のまま、痛いほど奥歯を噛み締めていた。

「それにしてもトウループじゃなくてサルコウなんだね? エッジ系の方が得意なの?」
「ああ。俺、トウ突くの好きじゃない。なんか、抗ってる気がするんだよな」

「流れに?」
「氷に」
 意味深なトーマの言葉に、真人はふうん、と唇を尖らせた。

「でも、音楽によって、ここはトウ系でジャンプ感アリアリで跳んだ方がいいって時と、エッジ系で流れを殺さずに跳んだ方がいいって時があるよね?」
 一瞬、トーマはぽかんとした。

「……真人、お前すげーな。そんなこと考えて滑ってんの。俺、小5以来曲に合わせて滑るなんてしたことないから分かんねーや」
 いかにも無考えという口ぶりだった。

「五年間はプログラムで演技をしたことがないってことか?」
 俺が言うと、トーマはこちらに視線を向けて、ああ、と頷いた。
 
「……それなら」
 俺はゆっくりと腕組みを解く。
「プログラムの中で跳べないジャンプは、跳べるとは言わないんだよ」
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登場人物紹介

芝浦刀麻(しばうら とうま)


・榛名学院高等部一年。15歳。スケート部所属。

・北海道帯広市出身のフィギュアスケートとスピードスケートの二刀流スケーター。

・スピードスケート選手の父とフィギュアスケート選手の母のもとに生まれる。

・高校一年生の5月に榛名学院高等部に転校してくる。

・小学生の頃は野辺山合宿に参加するなど優れたフィギュア選手として頭角を表していたが、とある事件の後フィギュアをやめ、中学時はスピードスケート選手として500mの道内記録を塗り替え、全国大会二位の成績を収める。

・今作は、彼が再びフィギュアの世界に戻ってきたところから物語が始まります。

・12月8日生まれ、射手座のO型。

・身長178cm。

・得意技は四回転サルコウ、ハイドロブレーディング。苦手な技は特に無し。氷上は全て彼の領域。

霧崎洵(きりさき じゅん)


・榛名学院高等部一年。15歳。スケート部所属。

・全日本ジュニア選手権2位、世界ジュニア選手権3位と、昨シーズン破竹の勢いで頭角を表したフィギュアスケーター。

・学業優秀、スポーツ万能。そんな彼が唯一苦手とするのが“スケート”……その真相とは。

・双子の妹、汐音(しおん)はかつて史上最年少でトリプルアクセルを成功させた天才フィギュアスケート選手だった。

・出会った時から刀麻に反発し、初日にいきなり殴り合いの喧嘩をすることに。何が原因で、どんな経緯があったのか……?

・今作は刀麻と洵の愛憎を軸に物語が進みます。

・11月25日生まれ。射手座のAB型。

・身長167cm。

・得意技は三回転フリップ+三回転トウループのコンビネーションジャンプと、柔軟性を生かしたビールマンスピン。苦手な技はトリプルアクセル。

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