第24話 Pride

文字数 635文字

 鏡の前に立ち、眼鏡を外す。

 自分の顔も分からない日々に、俺は今日で別れを告げる。

 プラスチックのケース。アルミの蓋を剥がし、薄水色のレンズを指に乗せる。
 もう片方の手で目蓋を押さえ、レンズを眼球へと近付ける。
 手が震える。

 鉄の刃が突き刺さる感触。
 氷上の血溜まり。
 彰の呻き声、飛び交う怒号。
 目眩に襲われる直前、浪恵先生が俺の名前を呼んでいた。
 記憶が途切れる直前まで、何度も。

 塞がった視界。白い天井。
 母さんが泣いていた。
 あなた右目が見えなくなるかもしれないのよ。
 断続的な鈍い痛み。
 日に日に皮膚が引き攣れる感覚。

 包帯が外れた時は、なかなか目が開けられなかった。
 最初に飛び込んできたのは、医者の白衣。
 時間差の安堵。

 目蓋に残った傷跡。
 初めて掛けた眼鏡の違和感。

 久しぶりのリンクは、発光していた。
 まるで全ての光の源みたいに。
 眩しすぎて直視できず、目を閉じたまま深呼吸。
 リンクの匂い。将来ボケても絶対に忘れないと誓える。

 ……そうだ。何度だって、俺は帰ってくる。

 逃げた? 
 失敗した? 
 回り道をしただけだろう。
 滑り続けていた奴らとは、違う闘いをしていたってことさ。

 レンズが瞳に触れる。
 溶けたかと思うほど馴染んだそれは、一瞬で世界の輪郭を立ち上げた。
 涙は、もう溢れない。

 クリアな視界の中、俺は鏡に問いかける。

 星洸一。
 生き抜いていくために必要なモノが分かるか。

 スケーターを最後に氷上へと駆り立てる感情。
 その名前は、プライドだ。
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登場人物紹介

芝浦刀麻(しばうら とうま)


・榛名学院高等部一年。15歳。スケート部所属。

・北海道帯広市出身のフィギュアスケートとスピードスケートの二刀流スケーター。

・スピードスケート選手の父とフィギュアスケート選手の母のもとに生まれる。

・高校一年生の5月に榛名学院高等部に転校してくる。

・小学生の頃は野辺山合宿に参加するなど優れたフィギュア選手として頭角を表していたが、とある事件の後フィギュアをやめ、中学時はスピードスケート選手として500mの道内記録を塗り替え、全国大会二位の成績を収める。

・今作は、彼が再びフィギュアの世界に戻ってきたところから物語が始まります。

・12月8日生まれ、射手座のO型。

・身長178cm。

・得意技は四回転サルコウ、ハイドロブレーディング。苦手な技は特に無し。氷上は全て彼の領域。

霧崎洵(きりさき じゅん)


・榛名学院高等部一年。15歳。スケート部所属。

・全日本ジュニア選手権2位、世界ジュニア選手権3位と、昨シーズン破竹の勢いで頭角を表したフィギュアスケーター。

・学業優秀、スポーツ万能。そんな彼が唯一苦手とするのが“スケート”……その真相とは。

・双子の妹、汐音(しおん)はかつて史上最年少でトリプルアクセルを成功させた天才フィギュアスケート選手だった。

・出会った時から刀麻に反発し、初日にいきなり殴り合いの喧嘩をすることに。何が原因で、どんな経緯があったのか……?

・今作は刀麻と洵の愛憎を軸に物語が進みます。

・11月25日生まれ。射手座のAB型。

・身長167cm。

・得意技は三回転フリップ+三回転トウループのコンビネーションジャンプと、柔軟性を生かしたビールマンスピン。苦手な技はトリプルアクセル。

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