第14話 Stupid Decision

文字数 919文字

「あなたと朝霞(あさか)先生を、引き離します」
 リンクサイドで星先生と顔を合わせるなり、開口一番、衝撃的なことを言われた。

「……どうしてですか?」
 しばらく絶句して、俺はやっとそれだけ口にした。

「それは後で朝霞先生から直接聞きなさい。今季は岩瀬先生の下でやるように。……意味が分かりますか?」
「分かりません。分かりたくもない」
 俺は食い気味に答える。
 星先生の表情が厳しくなった。

「できるだけ早く、前橋を辞めなさい。朝霞先生が榛名(はるな)に来て、いよいよあなたにはあちらに留まる理由は無くなったはずです」
「朝霞先生は前橋を辞めたわけじゃないと聞いてます。……どのみち、ここじゃ朝霞先生には見てもらえないんですよね。だったら俺は、前橋でもレッスンを続けます」

「……そういう所ですよ、洵。そろそろ自覚しても良い頃だと思いますが」
 星先生は俺に一際鋭い眼を向けた。

「朝霞先生と組んでいる限り、あなたはそれ以上成長できない」

 耳障りなヒールの音を立てて、星先生は去って行った。

 成長できないだって? 
 何の冗談だ。
 朝霞先生以外の誰がエリザベートを作れたというんだ? 

 苛立ちを消せないまま、乱暴な足取りでリンクに戻る。
 朝霞先生とトーマが談笑しながら滑るのが目に飛び込んできた。
 ……忌々しい。
 だが、耳は精密機械のように言葉を拾う。

「えー、もうできないの? じゃああれは何だったわけ」
「あの時だけあの時だけ。もう全部忘れた。だからイチから教えて、手取り足取り」
「気安いわね。そういうノリ、女の子に嫌われるわよ」

 俺はこの時一体どういう目で、二人を見つめていたんだろうか。

 鏡越しで俺に気付いたトーマは、振り返って挑発的な視線を寄越したかと思うと、ほんの一瞬唇の端を吊り上げて笑い、朝霞先生の細い肩に腕を回した。
 俺は、体中の血が沸騰するかと思った。
 先生が即座にぴしゃりとはね除けなかったら、また殴りかかっていたかもしれない。

 胸がずきずきと痛む。
 傷じゃない。モヤも関係ない。
 そんな風にきらきらと笑わないでくれ。
 光の粒を撒き散らさないでくれ。
 端正な鼻筋に(まと)っていたあの憂いの影はどこに脱ぎ捨ててしまったんだ?

 ……先生。
 俺を、置いていかないでほしい。
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登場人物紹介

芝浦刀麻(しばうら とうま)


・榛名学院高等部一年。15歳。スケート部所属。

・北海道帯広市出身のフィギュアスケートとスピードスケートの二刀流スケーター。

・スピードスケート選手の父とフィギュアスケート選手の母のもとに生まれる。

・高校一年生の5月に榛名学院高等部に転校してくる。

・小学生の頃は野辺山合宿に参加するなど優れたフィギュア選手として頭角を表していたが、とある事件の後フィギュアをやめ、中学時はスピードスケート選手として500mの道内記録を塗り替え、全国大会二位の成績を収める。

・今作は、彼が再びフィギュアの世界に戻ってきたところから物語が始まります。

・12月8日生まれ、射手座のO型。

・身長178cm。

・得意技は四回転サルコウ、ハイドロブレーディング。苦手な技は特に無し。氷上は全て彼の領域。

霧崎洵(きりさき じゅん)


・榛名学院高等部一年。15歳。スケート部所属。

・全日本ジュニア選手権2位、世界ジュニア選手権3位と、昨シーズン破竹の勢いで頭角を表したフィギュアスケーター。

・学業優秀、スポーツ万能。そんな彼が唯一苦手とするのが“スケート”……その真相とは。

・双子の妹、汐音(しおん)はかつて史上最年少でトリプルアクセルを成功させた天才フィギュアスケート選手だった。

・出会った時から刀麻に反発し、初日にいきなり殴り合いの喧嘩をすることに。何が原因で、どんな経緯があったのか……?

・今作は刀麻と洵の愛憎を軸に物語が進みます。

・11月25日生まれ。射手座のAB型。

・身長167cm。

・得意技は三回転フリップ+三回転トウループのコンビネーションジャンプと、柔軟性を生かしたビールマンスピン。苦手な技はトリプルアクセル。

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