第20話 画面の向こうのプリンス

文字数 785文字

 ホテルに戻って夕食を取った。

 シバちゃんはいつもより食欲が無いのを濱田先生に窘められていた。

 あれからエイちゃんはシバちゃんとは一言も口をきかなかったけれど、憮然としながら当たり前のように同じテーブルに付いたので、僕は少し安心した。

 なるべくスケートとは関係の無い話をしようと思っていた矢先、テレビでは名古屋で行われたという新春アイスショーの特集が流れていて、僕はげんなりした。

 チャンネル変えてくれないかな、と思っていたところ、エイちゃんが急に顔を上げて
「あいつ俺らと同い年だべ」
 と呟いた。

 見ると、霧崎洵というスケーターが映っていた。

 初めて見るジュニアの選手。
 青い布にガラスのビーズを散りばめたハイネックの衣装を着ている。
 少し長めの黒髪をなびかせて氷上で舞う姿は、女子が見れば一発でファンになってしまいそうな少女漫画的オーラがあった。
 僕らとは、完全に無縁の種類の。

 シバちゃんも昔はあんな衣装を着て滑っていたんだろうか。
 ……まるで想像がつかない。
 こんなに長い付き合いなのに、僕は一度もシバちゃんのフィギュアスケートを見たことがなかった。

「……エイジ、フィギュア見るの意外だな」
 シバちゃんが箸を止めて、勇気を出したように口を開いた。

 エイちゃんは少し返事を迷ったような顔をしたけれど、やがてふうと大きく息をついて言った。
「姉貴が好きなんだよ。フィギュアやってると必ずテレビ占領すんの。ギャーギャーうるせーのなんのって。いちいちドヤ顔で解説してくるんだけど、あれ絶対分かってねえし」

「へえ」
 エイちゃんのお姉さんを揶揄する口ぶりに、シバちゃんは頬を緩めた。
 今日初めて見る、シバちゃんの笑顔だった。
 それからほんの少しだけど、シバちゃんの箸が進んだ。

 僕は、遠く離れたスケーターに、心の中でそっと感謝した。
 ……きっかけをくれてありがとう、霧崎洵くん。
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登場人物紹介

芝浦刀麻(しばうら とうま)


・榛名学院高等部一年。15歳。スケート部所属。

・北海道帯広市出身のフィギュアスケートとスピードスケートの二刀流スケーター。

・スピードスケート選手の父とフィギュアスケート選手の母のもとに生まれる。

・高校一年生の5月に榛名学院高等部に転校してくる。

・小学生の頃は野辺山合宿に参加するなど優れたフィギュア選手として頭角を表していたが、とある事件の後フィギュアをやめ、中学時はスピードスケート選手として500mの道内記録を塗り替え、全国大会二位の成績を収める。

・今作は、彼が再びフィギュアの世界に戻ってきたところから物語が始まります。

・12月8日生まれ、射手座のO型。

・身長178cm。

・得意技は四回転サルコウ、ハイドロブレーディング。苦手な技は特に無し。氷上は全て彼の領域。

霧崎洵(きりさき じゅん)


・榛名学院高等部一年。15歳。スケート部所属。

・全日本ジュニア選手権2位、世界ジュニア選手権3位と、昨シーズン破竹の勢いで頭角を表したフィギュアスケーター。

・学業優秀、スポーツ万能。そんな彼が唯一苦手とするのが“スケート”……その真相とは。

・双子の妹、汐音(しおん)はかつて史上最年少でトリプルアクセルを成功させた天才フィギュアスケート選手だった。

・出会った時から刀麻に反発し、初日にいきなり殴り合いの喧嘩をすることに。何が原因で、どんな経緯があったのか……?

・今作は刀麻と洵の愛憎を軸に物語が進みます。

・11月25日生まれ。射手座のAB型。

・身長167cm。

・得意技は三回転フリップ+三回転トウループのコンビネーションジャンプと、柔軟性を生かしたビールマンスピン。苦手な技はトリプルアクセル。

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