第17話 2018世界ジュニア選手権フリー(中継)

文字数 848文字

 順繰りに曲掛けで練習を行い、ふと時計を見ると七時五十分。

 私達はリンクを降り、隣のアップ室へ移動した。
 生徒だけでなく、救護室の田島さんをはじめ他のスタッフも集まってきた。

「せっかくだから俺も見よっかな。先生、いい?」
 もちろんいいよ、と答え、私はテレビの電源を入れた。

 ストレッチをしながら喋っている女子の輪には流石に入っていけないようで、刀麻君は私と弥栄ちゃんの隣で壁に寄り掛かっている。

 チャンネルをBSに回すと、ちょうど最終グループの六分間練習が終わろうとしているところだった。


 画面に映し出された洵君は、フェンスを挟んで岩瀬先生と二言三言交わしていた。
 気のせいか、洵君の顔色がいつもより青白く見えた。
 緊張しているのだろうか。

 岩瀬先生の眼差しは、眼鏡のレンズを通すと一層鋭く見える。

 この二人は、普通のコーチと選手が行うようなボディタッチを一切しない。
 究極の私的領域である身体を侵さないという信念を共有することで、精神的に手を取り合う。
 そういう絆の結び方が、彼らのやり方であるように見える。
 最後に岩瀬先生が、何か短い言葉を口にした。

 証明しろ。
 唇が、そう動いた気がした。

 洵君は真っ直ぐな目でこくりと頷くと、強い足取りでリンクへと滑り出した。

『最終グループ第一滑走は、日本の霧崎洵、十五歳。今大会が世界ジュニア初出場です。十一月の全日本ジュニア選手権で二位となり、世界ジュニアへの切符を勝ち取りました。所属クラブは前橋FSCと榛名学院中等部。昨日のショートでは会心の演技で堂々の六位』

 国際試合、その頂点の世界ジュニアで、前橋FSCの名前が読み上げられたのは、きっとこれが初めてだ。
 口にこそ出さないが、皆胸がいっぱいになっている。

 洵君が落ち着いた動きで、中央に立った。

「……衣装、変えたのかしら?」
 田島さんが呟き、私は無言で頷いた。
 世界ジュニア用にフリーの衣装を新調したのは知っていた。
 けれど、こうして見るのは私も初めてだ。

『曲は、ミュージカル「エリザベート」』
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登場人物紹介

芝浦刀麻(しばうら とうま)


・榛名学院高等部一年。15歳。スケート部所属。

・北海道帯広市出身のフィギュアスケートとスピードスケートの二刀流スケーター。

・スピードスケート選手の父とフィギュアスケート選手の母のもとに生まれる。

・高校一年生の5月に榛名学院高等部に転校してくる。

・小学生の頃は野辺山合宿に参加するなど優れたフィギュア選手として頭角を表していたが、とある事件の後フィギュアをやめ、中学時はスピードスケート選手として500mの道内記録を塗り替え、全国大会二位の成績を収める。

・今作は、彼が再びフィギュアの世界に戻ってきたところから物語が始まります。

・12月8日生まれ、射手座のO型。

・身長178cm。

・得意技は四回転サルコウ、ハイドロブレーディング。苦手な技は特に無し。氷上は全て彼の領域。

霧崎洵(きりさき じゅん)


・榛名学院高等部一年。15歳。スケート部所属。

・全日本ジュニア選手権2位、世界ジュニア選手権3位と、昨シーズン破竹の勢いで頭角を表したフィギュアスケーター。

・学業優秀、スポーツ万能。そんな彼が唯一苦手とするのが“スケート”……その真相とは。

・双子の妹、汐音(しおん)はかつて史上最年少でトリプルアクセルを成功させた天才フィギュアスケート選手だった。

・出会った時から刀麻に反発し、初日にいきなり殴り合いの喧嘩をすることに。何が原因で、どんな経緯があったのか……?

・今作は刀麻と洵の愛憎を軸に物語が進みます。

・11月25日生まれ。射手座のAB型。

・身長167cm。

・得意技は三回転フリップ+三回転トウループのコンビネーションジャンプと、柔軟性を生かしたビールマンスピン。苦手な技はトリプルアクセル。

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