第16話 無風のカウントダウン

文字数 841文字

 帯広から西へ、高速バスで三時間。
 苫小牧ハイランドスケートセンターにて、北海道中学校スケート・アイスホッケー大会が始まる。

 僕たちは前日入りして公式練習から参加する予定だったけど、シバちゃんはそれにも姿を見せなかった。

「芝浦は家の都合で明日合流するそうだ。必ず来ると言っていたから、心配は要らない。各自練習に集中するように」
 先生は到着先のホテルで、つとめて落ち着いた様子で言った。

「家の都合?」
 エイちゃんは訝しげに呟いた。

 無理もない。
 あの一件からずっとシバちゃんは練習に来ていないんだから。

「……お母さんのことかもしれない。前に病気だって聞いたことある」

 中学に入った頃から、シバちゃんのお母さんは体の具合が悪くてコーチの仕事を休んでいるらしい。
 エイちゃんはふうん、と言ってボストンバッグを持ち上げると、さっさと自分の部屋に行ってしまった。

 僕はシバちゃんと相部屋のはずだったけれど、今日は一人で泊まることになるのか。
 心細いなあ。
 何度かシバちゃんにLINEを送ってみたけれど、既読も付かないまま時間が過ぎたので、諦めて僕も練習に出かけた。

 僕の調子は、上がっていた。
 年末からの追い込み練習が功を奏し、それまでのスランプが嘘みたいに着々とタイムを更新しつつあった。
 ここは氷の状態が良さそうだ。
 ブレードが氷にしっかり噛む。
 屋外リンクだけれど、整氷は二時間ごとにこまめに行われていて、起伏も少ない。

 僕は電光掲示板を見上げた。
 気温、三度。
 天気、曇り。
 風速、0.0m。要するに無風。

 これ以上無いと言っていいほどのコンディションなのに、何周滑っても、胸のざわめきは収まらない。
 周回練習の途中、何度かエイちゃんを追い越した。
 けれど、エイちゃんは全く僕に気付かなかった。
 緊張で皮一枚分ピンと張った、いい顔をしていた。

 ……僕も集中しなくては。
 人のことなんて気にしている場合じゃない。
 僕は雑念を払うように頭を振ると、整氷を挟んで二時間、ひたすら滑り込んだ。
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登場人物紹介

芝浦刀麻(しばうら とうま)


・榛名学院高等部一年。15歳。スケート部所属。

・北海道帯広市出身のフィギュアスケートとスピードスケートの二刀流スケーター。

・スピードスケート選手の父とフィギュアスケート選手の母のもとに生まれる。

・高校一年生の5月に榛名学院高等部に転校してくる。

・小学生の頃は野辺山合宿に参加するなど優れたフィギュア選手として頭角を表していたが、とある事件の後フィギュアをやめ、中学時はスピードスケート選手として500mの道内記録を塗り替え、全国大会二位の成績を収める。

・今作は、彼が再びフィギュアの世界に戻ってきたところから物語が始まります。

・12月8日生まれ、射手座のO型。

・身長178cm。

・得意技は四回転サルコウ、ハイドロブレーディング。苦手な技は特に無し。氷上は全て彼の領域。

霧崎洵(きりさき じゅん)


・榛名学院高等部一年。15歳。スケート部所属。

・全日本ジュニア選手権2位、世界ジュニア選手権3位と、昨シーズン破竹の勢いで頭角を表したフィギュアスケーター。

・学業優秀、スポーツ万能。そんな彼が唯一苦手とするのが“スケート”……その真相とは。

・双子の妹、汐音(しおん)はかつて史上最年少でトリプルアクセルを成功させた天才フィギュアスケート選手だった。

・出会った時から刀麻に反発し、初日にいきなり殴り合いの喧嘩をすることに。何が原因で、どんな経緯があったのか……?

・今作は刀麻と洵の愛憎を軸に物語が進みます。

・11月25日生まれ。射手座のAB型。

・身長167cm。

・得意技は三回転フリップ+三回転トウループのコンビネーションジャンプと、柔軟性を生かしたビールマンスピン。苦手な技はトリプルアクセル。

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