第18話 回帰不能のフライング

文字数 794文字

 九組目の選手達がメインレーンに出てきた。

 選手紹介のアナウンスが流れる。
 会場の空気が一気に変わった。

「おい、柏林中の芝浦が走るぞ」
「大会新出るかな」
「バカ、まだ予選だべ。抑えてはくるだろ」
「それでもダントツだろうな」

 ……あちこちから、期待の声が聞こえてくる。
 出るレース全てで注目を集めるシバちゃんは、やっぱりヒーローと言うしかない。
 エイちゃんは、僕の隣で唇を固く結びながらシバちゃんを見つめていた。

 黒、白、赤、青、緑、黄、茶。
 それぞれの色のキャップを被った七人の選手たちが両手を広げて間隔を取り、横一列に並ぶ。
 シバちゃんは、インから数えて四人目、青。
 サングラスで表情は見えない。

「Go to the Start」
 スターターの合図が流れる。いよいよだ。
「Ready」
 全員の姿勢が統一されたように低くなる。スタートの構えだ。

 僕はこの時、あれ、シバちゃん少し震えてるかな、と思った。
 腰からお尻にかけての筋肉が、ほんのちょっとだけガクガクとなっているように見えたのだ。

 ピストルが、二度鳴った。
 フライングだった。
 ……誰だ?
 
 シバちゃんが、飛び出していた。

 シバちゃんのフライングは珍しかった。多分、小学生の時以来だと思う。
 僕はゴクリと唾を飲み込んだ。
 隣の濱田先生とエイちゃんも張り詰めているのが、空気で分かる。

 ……大丈夫、落ち着いて。

 全員が再びスタートラインに戻る。

 しかし、次に目の前で起こった事態は、僕の理解を遙かに超えていた。

「Go to the Start」

「Ready」

 パン! パン! と、再び二度ピストルが鳴った。

「青、フライング。失格です」
 アナウンスが流れる。

 また、シバちゃん一人が、大きく前に飛び出ていた。

 シバちゃんは、滑りの構えをほどききれないまま、顔だけスタートラインを向いた。
 まだ何が起こったのか分かっていない、という顔で。
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登場人物紹介

芝浦刀麻(しばうら とうま)


・榛名学院高等部一年。15歳。スケート部所属。

・北海道帯広市出身のフィギュアスケートとスピードスケートの二刀流スケーター。

・スピードスケート選手の父とフィギュアスケート選手の母のもとに生まれる。

・高校一年生の5月に榛名学院高等部に転校してくる。

・小学生の頃は野辺山合宿に参加するなど優れたフィギュア選手として頭角を表していたが、とある事件の後フィギュアをやめ、中学時はスピードスケート選手として500mの道内記録を塗り替え、全国大会二位の成績を収める。

・今作は、彼が再びフィギュアの世界に戻ってきたところから物語が始まります。

・12月8日生まれ、射手座のO型。

・身長178cm。

・得意技は四回転サルコウ、ハイドロブレーディング。苦手な技は特に無し。氷上は全て彼の領域。

霧崎洵(きりさき じゅん)


・榛名学院高等部一年。15歳。スケート部所属。

・全日本ジュニア選手権2位、世界ジュニア選手権3位と、昨シーズン破竹の勢いで頭角を表したフィギュアスケーター。

・学業優秀、スポーツ万能。そんな彼が唯一苦手とするのが“スケート”……その真相とは。

・双子の妹、汐音(しおん)はかつて史上最年少でトリプルアクセルを成功させた天才フィギュアスケート選手だった。

・出会った時から刀麻に反発し、初日にいきなり殴り合いの喧嘩をすることに。何が原因で、どんな経緯があったのか……?

・今作は刀麻と洵の愛憎を軸に物語が進みます。

・11月25日生まれ。射手座のAB型。

・身長167cm。

・得意技は三回転フリップ+三回転トウループのコンビネーションジャンプと、柔軟性を生かしたビールマンスピン。苦手な技はトリプルアクセル。

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