ツンデレウィザードと動き出すあれこれ
文字数 2,064文字
少年の仕草を見たザウバーは、小さく咳払いをする。それから、彼は大きく息を吸い込み、仲間の顔を交互に見た。
「情けないことに、俺は回復系の魔法を使えねえ」
ザウバーは、恥ずかしそうに頬を赤らめると、途切れ途切れに説明を続けていった。
「だから、作れる時に回復薬を作っておこうと思ったんだよ」
そこまで伝えると、ザウバーは木箱に目線を落とし苦笑する。
「そう言えば、回復薬を作るって言ってたね。その後の説明は、うやむやになったけど」
説明を聞いたダームは、首を傾げながら言葉を発していく。
「お前が、そうしたんだろうが。いちいち俺に喧嘩を売ってきやがって」
少年の言葉を聞いたザウバーは、不服そうに声を漏らす。その後、彼は軽く目を瞑ると、気怠そうに息を吐き出した。
「とにかく! これで、少しはベネットの負担も軽くなるんじゃねえかな、ってことだよ」
目を瞑ったまま、ザウバーは一気に言葉を吐き出した。この際、彼は耳まで赤くしており、かなり動揺していることが窺えた。
「傷を治したり、体力を回復させたりしてくれるのは嬉しい。だけど、そのせいでベネットが倒れるのは嫌なんだよ」
ベネットに向かって伝えると、ザウバーは気まずそうに目線を逸らす。そして、彼は強く目を瞑ると、乱暴に自らの髪を掻き上げた。
「今更だが、細かい作業で疲れちまった。少し休ませてくれ」
呟く様に話すと、ザウバーは木箱を抱えて立ち上がった。その後、彼は正方形の布でしっかり木箱を包み、それを部屋の隅へ静かに置く。
やるべきことを終えた青年は、仲間に背を向けて横になった。この時、ダームは事情を良く飲み込めなかったのか、意見を求める様にベネットの目を見つめる。
「薬の調合には、かなりの集中力を要すると聞く。それに、フランメとの戦闘も有ったのだから、疲れていたのだろう」
少年の目線に気付いたベネットは、彼が求めただろう言葉を紡いでいく。それから、彼女はゆっくり立ち上がり、先程まで少年に掛けていた布団を抱え込んだ。ベネットは、布団を抱えたまま青年へ近付き、その背後で静かに跪く。
「心配をしてくれて嬉しかった。礼を言わせてくれ」
そう囁くと、ベネットは青年の体に布団を掛けた。彼女の声を聞いたザウバーは小さく頷き、言葉を返す事無く目を瞑る。
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翌日、朝食を済ませた一行は、着々と出発の準備を進めていく。そんな中、荷物が増えてしまったザウバーは、試行錯誤しながら荷造りを行っていた。
「ねえザウバー、早く出発しようよ」
既に荷造りを終えたダームは、青年の周りで彷徨き始める。その態度にザウバーは苛立った様子で溜め息を吐くが、少年に言い返すことまではしなかった。
「ダーム、そんな事をしたらザウバーも気が散ってしまう。急ぎたい気持ちも分かるが、暫く黙っていた方が賢明だと思うぞ?」
その光景を見ていたベネットは、優しい声で話し掛け、少年の肩に手を乗せる。ベネットの話を聞いた少年は小さく頷き、少し離れた場所で腰を下ろした。
それから暫くして、ザウバーは荷物袋の紐を固く結び、それを持って立ち上がる。
「待たせちまって悪かった。ダームが暴れたいみてえだし、出発しようぜ」
落ち着いた口調で話すと、ザウバーは仲間の顔を見た。すると、ダームとベネットは力強く頷き、一行は宿の受付に向かって歩き始める。
すると、彼らの進行方向からは、絹を裂く様な叫び声が聞こえてきた。その声にダームは耳を塞ぎ、ザウバーとベネットは顔を顰めた。
「何だよ、今の声は」
「分からない。だが、早く確認すべきなのは確かだ」
ベネットは、足早に目的地へ向かって行った。この為、ダームは直ぐに彼女の後を追い、ザウバーもそれに続いた。
声の聞こえてきた場所へ近付くと、ベネットは慎重に状況を確認する。この時、彼女の目線の先には、青ざめた女性と体中に深い傷を負った男が佇んでいた。青ざめた女性は体を小刻みに震わせており、見開かれた瞳は男を見つめたまま動くことは無い。
「ねえ、ベネットさん。早く男の人を助けないと!」
ダームは、重傷の男を見るなり声を上げる。しかし、ベネットは辛そうに唇を噛むと、無言で首を横に振った。
「どうして? ベネットさんなら、魔法であの人を助けられるでしょ?」
ダームは、泣きそうな声で話すと、懇願する様にベネットの手を掴んだ。
「無理だ。何故なら、あの男は大分前に」
「フェアラの住人ハ、骨モ残さず魔族に喰わレた。次は、コノ街」
男は濁った瞳を見開き、人間のものとは思えない低い声で話した。そして、その男の首は勢い良く後方へ曲がった。それを始めとして全身の傷が一気に裂け、男の体は弾けるように十数の肉塊へと変化する。この時、凄惨な光景を目の当たりにした女性は気を失い、そのまま床へ倒れ込んでしまった。そして、飛び散った肉片や赤黒い血を見たダームは、涙を浮かべて膝をつく。
「一体、何なんだってんだよ!」
その後、静まり返った屋内には、ザウバーの努声だけが響き渡った。