少年のモヤモヤ
文字数 1,496文字
「失礼致します」
聞き覚えのある声が届き、二人はドアの方へ目線を動かす。声の主と言えば、ゆっくりと病室のドアを開け室内に入った。彼はドアを静かに閉めると、体をベネットの方へ向け、深々と頭を下げた。
「アークさん、こんにちは」
アークの入室にいち早く気付いたダームは、満面の笑顔を浮かべながら挨拶する。
「こんにちは、ダーム。それにしても、ベネット様の顔色が良くなった様で安心致しました」
「治療が効果的だったお陰か、思っていたより早く退院出来そうだ」
ベネットは、アークに向き直って話し始めた。彼女の頬は桃色に染まり、数日前まで意識が無かったことが嘘のようである。
「それは良かったです。ザウバーについてお伝えする事も有りますし、調子が良いのなら、一緒に食事でも如何ですか?」
挨拶を終えたアークは、ダームとベネットに一つの提案をする。
「了解だ。ザウバーに関する情報も得たいし、病院の食事だけでは、ダームはもの足りないだろう」
提案を聞いたベネットは、そう言うとダームと顔を見合わせる。
「そうだね。ザウバーの状況がどうなっているのか知りたいし。それに、せっかくアークさんが誘ってくれたし」
「では、席を予約しておきますね。それでは、また夕食時に参ります」
目の前に居る二人から肯定の返事を得たアークは、手を胸に当てながら深々と一礼をする。
「突然の訪問失礼いたしました」
アークは、胸に当てた手をゆっくり下ろすと、静かに病室から立ち去った。
「予約までしてくれるとは思わなかったよ」
アークの足音が聞こえなくなった頃、ダームは呟く様に話し出す。少年の小さな声を聞いたベネットは、微苦笑しながら口を開いた。
「恐らく、隔離された場所を確保する為だろう。ザウバーが罪人として扱われている以上、余り他人に聞かれたく無い話だろうからな」
ベネットの話を聞いたダームと言えば、何か腑に落ちないのか頬を膨らませてみせた。
「聞かれたく無い話だったら、ここでしても良いのにね。ここって、滅多に人が来ないし」
少年の疑問を聞いたベネットは目を瞑り、数拍の間考えた後で頷いた。
「それもそうだな。だが、病室は途中で誰が入ってくるか分からない節も有る。ある程度の周期性は有るものの、治療を行う者達が病室を訪れる時間は、厳密に決まっていない様だからな」
「確かにそうだけど、一番突拍子もなくやってくるのはアークさんだよね? 今日も、いきなり来たと思ったら、直ぐに居なくなっちゃったし」
ダームは膝を抱え、椅子の上で前後に揺れ始めた。彼が座る椅子は、床との摩擦で高い音を立て、僅かながら後方へ動き始めている。
「突拍子無いのは仕方ない。アークは警備兵の総司令なのだから、やらねばならない事が沢山有るのだろう」
ベネットの説明を聞いたダームは、それでも納得がいかない様子で目を伏せた。
「色々と勘繰るのはやめよう。時が来れば、自ずとその理由がわかるだろうから」
そう言うと、ベネットは意味あり気な笑みを浮かべ、少年の顔を見る。ベネットの言葉を聞いたダームは苦笑いを浮かべ、軽く口元を引き攣らせながら口を開いた。
「そうだね。ただ単に僕達とご飯を食べたかっただけだって考えれば良いよね」
ベネットの意見を受け入れはしたが、少年の表情はいつもと比べて元気がない。
「そういう事だ。とにかく、アークが呼びに来るまでに、外出の準備をしておこう」
何とかダームを納得させたベネットは、そう言うと軽く目を瞑った。