苛立つ青年
文字数 1,614文字
レイチェルは手を差し出し、そのままベネットの反応を窺う。ベネットは、起きがけで頭が回らないのか、無言のまま毛布へ目線を落とした。
「礼、言っとけよ。毛布を用意したのはレイチェルだから」
ザウバーは、二人を助ける様に言葉を発すると、笑みを浮かべてベネットの顔を見上げる。すると、ベネットは大きく目を瞬かせ、それからレイチェルの顔を見つめて口を開いた。
「すまない。どうやら気を使わせてしまった様だ」
一拍の後、ベネットはレイチェルの目を見つめて微笑むと、毛布を抱えたまま部屋から姿を消した。レイチェルは、そんなベネットの背中を心配そうに見つめ、ザウバーは呆れた様子で溜め息を吐く。
ベネットが部屋へ戻った時、ザウバーが彼女に話し掛ける間も無く、アーサーが戻ってきた。アーサーは、軽く部屋を見回すと、レイチェルとリンケの元へ進んでいく。レイチェル達は、アーサーの方を向いて背筋を伸ばし、そのまま敬礼をした。アーサーは、部下二人の前で立ち止まると、目を細めて口を開いた。
「ご苦労。私が居ない間に何か有ったか?」
レイチェルは、アーサーの言葉に対して「何も有りません」と返し、リンケも彼女の話に同意する。彼女らの言葉にアーサーは頷き、それからベネットの方を振り返った。
「では、行きましょうか。勿論、お三方の準備が出来ていればの話ですが」
アーサーは微笑を浮かべ、ダームとザウバーの顔を一瞥する。
「私の準備は大丈夫だ。もっとも、殆どの荷物をグルートに置いたままで、取り立てて準備するものも無い」
ベネットは、そう返すと恥ずかしそうに苦笑した。
「僕も大丈夫。ベネットさんと同じで、纏める荷物は無いし」
彼女へ続く様にダームが言葉を発し、静かに椅子から立ち上がる。アーサーは、二人の返答に頷き、それからザウバーの顔を見た。
「一つ聞いていいか? 行くって、一体どこに行くんだ?」
ザウバーは、質問に答えることなく話すと、アーサーの目を真っ直ぐに見つめる。アーサーは、ベネットの姿を横目で見ると、目を細めて口を開いた。
「ヘイデルです。荷物のことも有りますし、色々と報告すべきことも有るので、グルートを経由することになりますが」
アーサーは大きく息を吸い込み、呼吸を整える。
「街を守る為にも、ヴァリスについて説明して頂かなければなりません。それに、総司令から、ベネット様を見付けたら連れ帰る様、言い遣っておりますので」
アーサーはザウバーの目を見据え、瞳に映る青年の反応を待った。対するザウバーは、後頭部を乱暴に掻くと、片目を瞑って溜め息を吐く。
「説明なら、既にしただろ? なんで、ヘイデルまで行かなきゃならねえんだよ」
低い声で言い放つと、ザウバーはアーサーを威嚇する様に目を細める。
「嫌なら、同行して頂かなくて構いません。ヴァリスと戦ったのはベネット様ですし、正直なところ貴男に用は有りませんから」
アーサーは、青年に怯むことなく話し、下手な作り笑いを浮かべた。ザウバーは、そんな彼の態度に閉口し、唇を噛む。
「分かったよ。理由が有って、ベネットが行くって言ったなら俺も行く。俺だけ残っても仕方無いしな」
それを聞いたアーサーは微笑し、目を瞑って頷いた。
「了解しました。馬車を用意させてあるので、ご案内します」
アーサーは踵を返し、部屋の出口へ向かっていった。それを見たザウバーは無言で彼の後を追い、その後ろをダームとベネットが続く。四人が外に出ると、アーサーの部下と思しき者達が待っていた。アーサーが、その者達に目線を送ると、彼等は背筋を伸ばし一斉に敬礼をする。
「予定通り、私は報告に戻ります。後は頼みますよ」
それだけ言うと、アーサーは真っ直ぐに歩みを進め、ザウバー達は彼の後を静かについて行った。ダームとベネットは軽く顔を見合わせ、ザウバーの後を追っていく。