バラバラになった仲間
文字数 2,377文字
「恐らく、この部屋の中にザウバーが居る。しかし、部屋に入った際に何が起こるか……それは、私には皆目見当もつかない」
そこまで話すと、ベネットはゆっくりとした呼吸を繰り返す。
「だから、気持ちの準備をして欲しい。何が起きても、動揺しない準備を」
ベネットは少年の方を振り返り、真剣な面持ちで蒼い瞳を見つめた。
「大丈夫だよ。今までも、予想もつかない事が沢山有ったし」
ダームは自分なりの答えを返した。少年の顔に疲れが浮かんでいたが、声に迷いは無かった。
「それならば、部屋に突入しよう。くれぐれも、気を抜かない様にな」
ベネットは、目を瞑って大きな深呼吸を繰り返した。彼女は目を開くと、意を決した面持ちで扉の方へ向き直る。
ベネットは、ダームが自分の後ろに立ったことを確認すると、上部に馬の頭部があしらわれたドアノブに手を掛ける。その後、ベネットは大きく息を吸い込み、取っ手を持つ手に力を込めた。
扉の先に注意を払いながら、べネットは動く度に悲鳴をあげる扉を開け始める。人が通れる程に扉が開けられた時、その部屋の奥から艶めかしい女の笑いが聞こえてきた。
「シブトイ人間達ねえ。てっきり、私の下僕共にやられたと思っていたのに」
二人が部屋の奥を見ると、声の主の横には見慣れた魔法使いの姿が在った。
「まあ、いいわ。彼奴等を、この場で殺してしまいなさい」
二人が困惑している間に、女はザウバーに冷淡な表情と声で命令をする。
「畏まりました。あの者達の命、直ぐに捧げてみせましょう」
命令を受けたザウバーは、そう言うとカシルの前で跪き、まるで忠誠を誓うかの様に手の甲へ口付けをする。
「あんなの……あんなのは、ザウバーじゃ無い!」
信じがたい光景を目にしたダームは、拳を握り締めながら声を上げた。
「落ち着けダーム。ザウバーは、カシルという魔族に操られているだけだ。カシルを倒せば、ザウバーも元に戻るだろう」
「倒すですって? 寝言は寝て言いなさいよ。アンタみたいな小娘と乳臭いガキに、私を倒せる訳が無いじゃない」
カシルは、ダームとベネットを交互に見ると、至極下品な笑いを浮かべた。
「まあ、私が手を汚さなくても、この子に直ぐ殺されてしまうでしょうけど!」
艶笑を浮かべながら言い放つと、カシルは部屋中に響き渡る声で高笑いを始めた。
「さあ、これで無駄話も、アンタ等の命も終わりだよ!」
カシルは笑う事を止め、ザウバーの方に向き直る。すると、青年はダームとベネットの居る方を見て薄笑いを浮かべ、詠唱を始めた。
「我が魔力の結晶よ、刃となりて彼の者を切り裂き賜え……クリューゲ!」
呪文が唱えられると、数多くの黒い三日月状の刃がザウバーの眼前に現れた。そして、その刃の全てが、ダームに襲い掛かっていく。その刹那、仲間からの攻撃に驚いて身動き一つとれない少年を庇うかの様に、ベネットがダームの前に立つ。
その後、ベネットは十字架を使い、黒い刃を受け流していった。しかし、その数が多かった為か、べネットは黒い刃を捌き切れなかった。この為、ベネットの体には幾つかの切り傷が生じ、その傷からは止め処なく血が流れ出ている。
「ベネットさん!」
切り裂かれた服と痛々しい傷口を見たダームは、青ざめた顔で叫び声を上げた。
「私なら大丈夫だ」
ベネットは、足元に血の海を作りながらも、自身の体に傷をつけた者を真っ直ぐに見据えた。
「それより、気を抜くな。ザウバーは、既に次の詠唱を始めている」
前方を見据えたまま、べネットは少年へ次の攻撃に備えるよう注意を加えた。
「うん」
震える声で返すと、ダームは腰に携えていた剣を抜いて身構える。しかし、今回使われた魔法は先程のものとは異なり、ダームとベネットは、見えない力によって冷たく固い壁に叩き付けられてしまう。
その上、二人が叩き付けられた壁は異なった場所で、互いに支え合う事は難しくなった。
その様な状況の中、二人が体勢を立て直すことの出来る前に、青年が新たな魔法を発動させる。その魔法は、彼がフォッジの街を訪れた際に手に入れた聖霊の力を用いたものだった。
その力により、無機的な床からは太い蔓が生じ、ダームとベネットはその蔓に絡め取られてしまう。蔓は徐々に二人の体を締め上げていき、ダームは息の出来ない苦しさに顔を歪めた。
しかし、その様な危機的状況におかれてもなお、ベネットは臆する事無く術者を見据える。
「この様な攻撃は利かぬ」
力強い口調で言い放つと、彼女はそのまま何かを呟いた。そして、ベネットが蔓を振り解くように両腕を広げると、太く青々としていた蔓は段々と枯れていく。
枯れた蔓は細くなり、捕らわれていたベネットは動ける様になった。また、蔓を振り解いた際、攻撃で付けられた傷口から四方に血が飛沫し、ベネットは苦しそうな声を漏らす。
ベネットは、少なくない出血に構うこと無く、蔓に絡めとられたままの仲間の方へ走り出す。走り出したベネットの息は荒く、その顔色からは赤みが消えていた。その上、彼女が必死に自らの体を動かす度に、傷口からは赤褐色の液体が滴り落ちる。
青年が冷たい声で呟くと、ベネットの眼前には水で出来た大きな壁が現れた。ベネットは直ぐに後退したが、魔法で作られた水の壁は、みるみるうちにその体を包み込んでいく。
冷たい水に包み込まれた体は、ベネットが逃げる術を思い付くよりも前に、浮力によって浮遊した。また、初めは無色透明であった水は、ベネットが流す血によって徐々に赤く染め上げられていく。
「大口叩いた割に、他愛無いわね」
身動きが取れなくなった二人を見たカシルは、さも自分が追い詰めたかの様な高笑いを始める。