戦いの序曲

文字数 2,196文字

 決して広いとは言えない屋内に、先程まで人間を形作っていたものが散乱している。それらは、元が何であったかすら分からないものまであり、生臭い匂いを放っていた。その周囲に居る者達は、赤黒く染まった地から目を背け、あまりの衝撃に気を失っている者まで居る。その現場に通りかかった男性は、肉塊が混じった血の海を見るなり口元を押さえた。

「何が……起きたのですか?」
 しかし、惨劇を目の当たりにしたばかりの者達に、その説明をする余裕など無かった。それ故、男性は首を横に振り、倒れている女性を抱き上げる。

「人を呼んできます」
 絞り出す様な声で言い残すと、男性は女性を抱きかかえたまま、惨劇の場を後にした。
 
「この状況、どう考える?」
 男性が立ち去ってから暫くして、ザウバーはベネットの顔を覗き込んだ。この時、彼は平静を装っていたが、握り締めた拳は震えていた。

「あの男、私が到着した時には死んでいた。恐らく、何者かが死体を操っていたのだろう」
 ベネットは、そう返すと強く片目を瞑る。

「でも、あの人は動いてたし、喋ってもいたよ?」
 ダームは、涙を浮かべながら問い掛ける。少年にとって、あの惨劇は酷過ぎたのであろうか、唇は絶え間なく震え、顔色は蒼白している。

「一先ず、ダームを休ませよう」
 少年の状態を見たベネットは、青年に提案した。すると、ザウバーは小さく頷き、少年を静かに抱きかかえる。

「とりあえず、さっきまで居た部屋に寝かせてくる。誰か来たら宜しくな」
 ザウバーは、ベネットにそう言い残すと、踵を返して歩き始めた。

「まったく、趣味の悪い事を」
 惨事の起きた場に残されたベネットは、横目で肉片を見る。それから、彼女は大きく溜め息を吐き、半ば叩き付ける様に壁へ寄りかかった。彼女は、目を細め軽く口元を押さえると、涙を浮かべる程に激しく咳き込んでしまう。
 
「大丈夫ですか?」
 すると、その音に気付いたのか、通りかかった従業員が、心配そうに問い掛けた。

「ああ、私は何とか。だが」
「こりゃひでえな……これを見たキーナが気を失っても、おかしく無い」
 ベネットが返答し始めた時、女性が倒れていた辺りから、低い男の声が響き渡る。この為、ベネットは話すことを止め、声がした方へ向き直った。

「支配人、これはどう処理したら」
「とっとと片付けろ! うちは客商売だ。客が不愉快になるものを、放置する訳にはいかないだろうが」
 声の聞こえた場所で、恰幅の良い男が細身の青年へ指示を出していた。一方、青年は深々と頭を下げると、慌てた様子で建物の奥へ向かっていく。支配人は、不快な気分を払拭しようと、首を勢い良く横に振る。この時、彼の視界に見知らぬ女性が現れ、男性は半ば強引に笑顔を作った。

「お騒がせして申し訳御座いません。直ぐに片付けますので、お客様は部屋に戻ってお待ち下さい。勿論、今日の宿泊代は頂きませんから」
 ベネットの方に向き直ると、支配人は頭を深く下げた。それから、男性はベネットの横に居る従業員へ目配せをすると、彼女を部屋まで案内する様伝えた。この時、従業員は上手く事情を飲み込め無かった為か、不安そうな表情を浮かべ支配人に歩み寄ろうとする。

「お客様を案内して、冷たいお茶をお持ちしなさい」
 一方、支配人はそれを遮る様に言い放ち、この場から早く立ち去る様、表情で訴える。この為、従業員は彼に頭を下げ、直ぐさまベネットに部屋番号を尋ねた。そして、彼は軽く頭を下げると、彼女を先導する様に歩き始める。
 
 目的の客室前に到着すると、従業員は深く頭を下げて立ち去った。従業員の背中を見送ったベネットは大きく息を吸い込み、目の前のドアを静かに開ける。室内には、青ざめた表情で横たわるダームと、彼を心配そうに見つめるザウバーが居た。ザウバーは入口に背を向けて座っており、現れた気配に警戒をしながら振り返る。

「ベネットか。驚かせやがって」
 彼は、その気配が仲間のものであったことに気付くと、途端に安堵の表情を浮かべた。

「驚かせるつもりは無い。それに、鍵も閉めずに入口に背を向けているのも、どうかと思うが」
 彼の言葉を聞いたベネットは、半ば呆れた様な語調で話す。

「ダームの調子が気になって、そこまで気が回らなかった。確かに、あんな事が有った後にしては、不用心過ぎたな。そういや、あそこに残っていなくて良かったのか? 知らない奴が通りかかったら、あれを見て気絶しちまうかも知れねえ」
 ザウバーは、ベネットに歩み寄りながら問い掛ける。この為、ベネットは彼が立ち去ってから起きた出来事を、事細かく説明していった。
 
「成る程。支配人から言われちゃ仕方ねえ。それに、責任者が出てくりゃ、色々と上手く処理するだろ。良くも悪くも」
 ザウバーは軽く腕を組み、納得した様子で言葉を紡ぐ。そして、彼は数回大げさに頷くと、ベネットへ一休みするよう促した。

「ところで、これからどうする? 話からして、今日はタダでここに泊まって良いみたいだが」
 ザウバーは、ベネットが腰を下ろした時を見計らい、先程とは異なる話を切り出す。しかし、彼が言い終えることの出来る前に、部屋にドアを叩く音が響き渡った。

「サービスで紅茶をお持ち致しました。部屋に入っても宜しいですか?」
 ドアの外側からは、若い女性と思しき声が聞こえてきた。この為、ベネットは直ぐに立ち上がり、部屋のドアを開ける。
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登場人物紹介

ダーム・ヴァクストゥーム

 

ファンタジー世界のせいで、理不尽に村を焼かれてなんだかんだで旅立つことになった少年。
山育ちだけにやたらと元気。
子供だからやたらと元気。
食べられる植物にやたらと詳しい野生児。

ザウバー・ゲラードハイト

 
自称インテリ系魔術師の成年。
体力は無い分、魔力は高い。

呪詛耐性も低い。
口は悪いが、悪い奴では無い。
割とブラコン。

ベネット

 

冷静沈着で、あまり感情を表に出さない女性。

光属性の攻撃魔法や回復術を使いこなしている。

OTOという組織に属しており、教会の力が強い街では、一目置かれる存在。

カシル


 HEIGHT:162cm
 WEIGHT:55kg
 HEIR COLOR:Brown
 EYE COLOR:Red


オーマの街で男性を浚い、更にはザウバーまでも僕にした淫魔。
魔力によって他者を操る事を得意とし、外観も魔力によって整えている。
自身で前線に立って戦う事は無く、戦闘能力に乏しい

アーク・シタルカー


ヘイデル警備兵の総司令。

その地位からか、教会関係者にも顔が広い。

魔法や剣術による戦闘能力に長け、回復術も使用する。

基本的に物腰は柔らかく、年下にも敬語を使う。

常にヘイデルの安全を気に掛けており、その為なら自分を犠牲にする事さえ厭わない。

ルキア・ハイター
 
 HEIGHT::169cm
 WEIGHT::56kg
 HEIR COLOR::Brown
 EYE COLOR::Dark Brown
 
ヘイデル教会直属の病院で働く女医。
話し方は無骨だが、若くして院長を務める程の実力者。
アークとは幼なじみの為か、彼へ接する態度からは遠慮が感じられない。

ヴァリス

 

 HEIGHT:185cm
 WEIGHT:67kg
 HEIR COLOR:Black
 EYE COLOR:Purple

 
フェアラでダームを軽々と倒した謎の多い男。
含みの有る話し方をするが、それがどこまで本当かは不明。
自在に姿や硬度を変える使い魔を使役し、人間を追い詰めることを楽しんでいる。

ライチェ

 

 HEIGHT:137cm
 WEIGHT:32kg
 HEIR COLOR:Pink
 EYE COLOR:Scarlet

 
見た目は幼い少女だが、魔族である為に様々な力を持つ。
浮遊したまま素早く移動し、相手に攻撃の隙を与えない。
また、無機物や死者を操る力を有している。
但し、深くものを考えたりするのは苦手の様で、感情が高ぶっている時などは判断力が著しく低下する。

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