魂の味
文字数 1,744文字
「いい子だね」
そう言うと、ヴァリスはベネットの首筋を優しく撫でた。この際、ベネットは怪訝そうに眉をひそめるが、何かを言い返すことは無かった。
「仲間の為に、自らの自由を犠牲にしちゃうなんて」
ヴァリスは、憫笑しながらベネットの唇へ、自らの指を這わせていく。
「でも……どこまで耐えてくれるのかな? 人間の心って脆くて、痛めつけられると自分が可愛いくなってくる」
そこまで話すと、ヴァリスは意見を求める様に、ベネットの瞳を見つめた。
「君は、どの位可愛がったら、堕ちてくれるのかな?」
彼の言葉を聞いたベネットは、不愉快そうに目線を逸らす。
「下らない話だ」
「どうやら、君とは話が合いそうだ。一晩中、語り合える位にね」
そう言うと、ヴァリスは高らかに笑い始めた。
「だけど、そうもいかないんだ。僕にも、やらなきゃならない事が有る。その代わりと言ってはなんだけど、面白いことを教えてあげる。君には特別に……ね」
囁く様に話し、ヴァリスは下唇を彼女の耳朶へ触れさせる。ヴァリスの唇が触れた瞬間、ベネットの表情には明らかな嫌悪感が浮かんだ。
「人間の魂って、負の感情を蓄積させた方が、美味しくなるんだよ」
そう囁くと、ヴァリスはベネットの首筋へ舌を這わせる。ベネットは反射的に体を震わせ、ヴァリスとは反対側へ体を動かした。一方、ヴァリスは力ずくでベネットを引き寄せると、鋭い眼差しで彼女の瞳を見つめた。
「だから、僕達は人間に苦痛や悲しみ、絶望を与えるんだ。魂を負の感情で満たす為に」
そう話すと、ヴァリスはゆっくり舌舐めずりをし、冷笑を浮かべる。
「君も直ぐに分かるよ。その身をもって」
彼が言い終えた刹那、その周囲には冷たい風が巻き起こった。そうして、一方的とも言えるヴァリスの話は、揚々と続けられていった。その間中、二人はゆっくりながらも歩みを進めており、彼らは何時しか薄暗い洞窟の前に移動していた。その洞窟から重苦しい空気が吐き出され、中に入れば二度と出て来られない様だった。
「この洞窟には、人間が捕虜を閉じ込めておく為に作った、頑丈な牢が沢山あるんだ」
ヴァリスはベネットの喉元へ自らの左手を触れさせる。そして、彼はその手を徐々に上方へ動かしていき、ベネットの下顎を優しく掴んだ。
「洞窟の出入口はここだけ。壁は堅くて、横穴を掘ることは出来ない」
ヴァリスは冷笑し、左手に力を込めてベネットの顔を上に向けさせた。すると、ベネットの瞳には、雑草に埋もれ錆び付いた鉄柵が映し出される。
「もし、牢から出られたとしても、あそこから撃たれて終わり。生きて出られた捕虜は、居なかったらしいよ?」
ヴァリスは顎を掴んでいた手を下げ、褐色の瞳を見つめる。
「だったら、入れられる前に逃げないとな」
ベネットは、体をひねってヴァリスの拘束から逃れた。しかし、ベネットがヴァリスから離れられたのは、僅かな時間でしか無かった。ベネットが離れた直後、彼女の首にはすかさずヴァリスの手が伸ばされた。そして、ヴァリスは首を掴んだまま、手を上方へ伸ばし嘲る様に笑い始めた。
「甘いよ。隙を突けるとでも思った?」
一方、ベネットは苦しそうな表情を浮かべ、ヴァリスの顔を見つめていた。しかし、それも短い間のことで、彼女は体を小刻みに震わせると、力無く目を閉じてしまう。
「つまらないな……もう少し、粘ってくれると思ったのに」
そう言って憫笑すると、ヴァリスはベネットの体を地面へ叩き付ける。すると、体中に打撃を受けたベネットは、苦しそうに咳き込み始めた。
「駄目だよ? この位で死んじゃ。死ぬのは、僕をたっぷりと楽しませてからじゃないと」
ヴァリスは、ベネットを見下ろしながら舌を出し、彼女の腹部を蹴り上げた。この為、ベネットは顔をしかめ、うっすらと涙を浮かべる。
「もっと、楽しませてよ。どうせなら、二人きりになれる場所で」