仲間を赦す心
文字数 3,040文字
ベネットがアークの提案を受け入れると、その場に居た者達は、それぞれに料理を口へ運び始める。その後も、四人の晩餐は和やかに進み、メインの料理を食べ終えた頃には、誰もが満足そうな表情を浮かべていた。
「さて、最後の料理も届いたことですし、そろそろ本題に入るとしましょうか」
鮮やかな色のデザートが届いた後、アークは真剣な面持ちで話を切り出した。
「まず、ザウバーの状況ですが、結論から言えば、大司祭様の助言にて助かる方法が出て来ました」
「それって、どんな方法?」
アークの話を聞いたダームは、待ちきれない様子でテーブルの上に身を乗り出す。
「ちゃんと順を追って説明しますから、落ち着いて下さい」
興奮した少年を宥める様に、アークはゆっくりとした声で話した。
「そもそも、裁判沙汰になったのは、ベネット様へ瀕死の重傷を負わせたからです。そして、この事実は、天地が入れ替わったとしても、変える事は叶わないでしょう」
アークは首を横に振り、ベネットの目を見つめた。
「ですが、見ての通りベネット様は回復されております。この事実を民衆に見せつければ、多少ではあれ、罪は軽くなるでしょう」
それを聞いたダームは、いくらか安心したのか軽く目を瞑る。
「それに、OTΟの紋章を持つベネット様の意見ならば、教会関係者は誰も逆らえないでしょう」
アークは、ベネットの目を見つめたまま微笑んだ。彼の話を聞いたベネットは目を細め、アークが何を伝えたいのか考え始める。数秒後、アークの考えを察したベネットは、話し手の顔を見つめ返した。
「つまり、私が民衆の前で力を解放してみせ、その上で教会関係者を説得すれば良い。そう言う事だな」
ベネットは、彼の瞳を見つめたまま、淡々と言葉を紡いでいく。彼女の話を聞いたアークは小刻みに頷き、ダームはそんな二人のやりとりを黙って聞いていた。
「それと、言うまでもない事かも知れませんが、この提案は、ベネット様がザウバーの罪を赦し、真に救いを差し伸べたいと願っていればの話です」
アークはベネットの考えを試すかの様に、茶褐色の瞳を見つめる。
「私が赦すか、赦さないか……か」
ベネットは、そう呟くと眉間に皺を寄せ目を伏せた。
「はい。元々ザウバーの罪状は、OTΟの最高位たるベネット様を傷つけたが為。裏を返せば、ベネット様が真にザウバーを赦すと言うのならば、彼の罪は不問となるでしょう。ですが、貴女に少しでも戸惑う気持ちが有れば、不問にする事は出来ません」
そこまで伝えると、アークは目の前に有る水を一気に飲み干した。
「操られていたとは言え、仲間に傷付けられたのです。頭では理解していても、心の何処かでやり切れない部分も有るでしょう」
アークの話を聞いたベネットは、膝に置いた手に力を込める。この時、ベネットの変化に気付いたアークは眉を顰めるが、それでも話を止めることはしなかった。
「迷いが有るうちは、皆を納得させる様な発言は出来ない。そう私は考えております」
アークは、強い口調で自らの考えを言い放つと、ベネットの目を見据える。
「それって、ベネットさんがザウバーを心から赦している様には見えないって事?」
「そういう意味では御座いません。ただ、ベネット様の気持ちが不安定である様に、私やルキアには映ったものですから」
アークは、無言でルキアと顔を見合わせる。アークの話を聞いたルキアはゆっくりと頷き、無言のままベネットの居る方へ目線を動かした。
「確かに、ザウバーが操られていた事も理解しているし、仕方の無い事だと考えている。だが、あの時の冷酷な目線が思い出される度、どうしようもなく不安になってしまう」
ベネットは、つらそうな表情を浮かべて話し出した。一方、ベネットの不安そうな表情を見たダームは、何も言えずに俯いてしまう。
「その事に関しては、ダームから色々と伺っております」
アークは、ダームとベネットの顔を交互に見ると、一つ一つ言葉を付け加えていく。
「ザウバーが躊躇う事無く攻撃を仕掛けてきたのでしょう? 不安になるのは当然の事だと思います」
アークは目を細め、新たに言葉を紡ぐべく、息を吸い込んだ。
「実は、大司祭様より、教会の特別室を貸すので、そこで気持ちの整理をしてはどうか。そう言付けを預かっております。残念ながら、特別室にダームは泊まれませんが、私とルキアでサポートを致しますのでご安心下さい」
そこまで説明すると、アークはベネットに微笑み掛けた。しかし、大司祭の提案を聞いたベネットは、困惑した様子で目線を逸らしてしまう。
「迷っている場合? 貴女の性格からして、近くに人が居たら、気丈に振る舞ってしまうのが目に見えている。だから、たまには一人でゆっくりと考えてみるのも良いんじゃないの?」
戸惑うベネットの気持ちをはっきりさせようとしてか、ルキアは強い口調で言い放った。
「ルキアの言う通りかも知れないな。たまには、一人でゆっくりと考えるのも良いだろう」
「畏まりました。それでは、大司祭様に申し伝えておきますね」
一方、意見の了承を受けたアークは、嬉しそうに微笑みながら言葉を紡いでいった。
「さて、ベネット様から了解を得たところで、私からダームにプレゼントが御座います」
そう言うと、アークは右手を高く掲げて指を鳴らした。すると、彼の頭上からは、様々な装飾に包まれた棒状の物体が現れる。アークは、静かにその物体を掴むと、それをダームの前へゆっくりと差し出した。
「どうぞ、開けてみてください」
アークは、プレゼントを受け取った少年に対し、にっこりと微笑みながら話し掛けた。
「ありがとう! アークさん」
ダームは、満面の笑みを浮かべながら礼を言った。そして、直ぐに目線をプレゼントへ移すと、それにかけられた装飾を素早くほどいていく。
「新しい剣」
ダームは、何度もプレゼントの中身を確認すると、嬉しそうに目を輝かせ、アークの顔を見た。
「はい。ダーム達が転移をしてきてから、警備兵の施設で荷物を預かっていました。その際、ダームの剣が随分と刃こぼれしているのに気付いたもので」
そう言うと、アークはダームに対して優しく微笑んだ。
「それに、この間ダームは、守る事の出来る人間になりたい。そう言っておりましたので、その剣を使って戦闘訓練をしてもらおうかと思いまして」
アークは少年の目を見つめ、意味有り気な笑みを浮かべる。一方、アークから話を振られたダームは、まるで彼が何を言っているのか分からない様子で、目を瞬かせた。
「つまり、ダームの事を鍛え上げてくれるって意味よ。少なくとも、一人の寂しさを忘れる位には厳しいだろうから、気をつけなさい」
アークの話に説明を加えると、ルキアは少年の背中を軽く叩いた。
「アークさんがどんな風に厳しいか分からないけど、宜しくお願いします」
「そんなに畏まらなくても大丈夫ですよ。訓練が始まる迄は」
アークは、再び意味有り気な笑みを浮かべた。ダームは、彼の笑みに隠された意味を察したのか、プレゼントされた剣の柄を握り締める。
「それでは、料理も食べ終わったことですし、そろそろ帰ると致しましょうか」
緊張している少年を尻目に、アークはいつもの柔和な表情で話を切り替えた。彼の話を聞いた三人はそれぞれに肯定の返事をなし、静かに個室から去っていく。