仲間を想う気持ちと自分を大事にすることと
文字数 2,337文字
「その後の体調はどう? 聞こえた話し声から判断して、大分良くなったとは思うけど」
院長は、ベッドの縁に軽く腰掛けると、患者の左手首を掴みながら口を開いた。
「脈は前より強くなったし、打つ間隔も安定している。どうやら、あれから大分回復したようね」
安心した様子で伝えると、院長はベネットの前髪をかき上げ、その顔色を確かめる。
「本当に?」
近くで説明を聞いていたダームは、嬉しそうに目を輝かせた。
「ええ。血色も悪くないし、三日もすれば退院出来ると思うわ」
院長は、優しく微笑みながら少年の問い掛けに答えた。彼女の答えを聞いたダームは歓喜の声を漏らし、そのままベネットの体に抱き付く。
「ただし!」
その声を聞いたダームはベネットから離れ、声を大にして話す医者の方に顔を向けた。この時、院長は立てた人差し指を左右に揺らしており、どこか呆れた表情を浮かべている。
「無茶をしなければ。と言う条件付きだけどね」
そう言うと、院長は苦笑いを浮かべた。彼女の言葉を聞いたベネットは気まずそうに俯き、病室に静かな時間が流れ始める。
「でも!」
数分後、気まずそうな表情を浮かべて押し黙るベネットの代わりに、ダームが声を上げた。
「あれをやらなかったら、ザウバーは」
「そうね。確かに最悪の場合、極刑が下されたかも知れない」
院長は、少年の声を遮る様に話し出し、首を横に振った。
「それでも、病院の院長として、あの行為を許す訳にはいかない」
院長は、言い聞かせる様に話すと、少年の瞳を見つめ返す。一方、何も言い返すことが出来ないのか、ダームは目を伏せ押し黙ってしまった。
「アークから聞いた通りね。貴方達は、仲間の為になると新たな力を発揮する。譬え、それが自らの命を削る力であっても」
そう言うと、院長は辛そうに深い溜め息を吐いた。
「命を削るって、どういう事?」
そう言うと、ダームは心配そうにベネットの顔を見た。彼の声を聞いた院長は、深い溜め息を吐く。
「今まで意識を失っていた人が、あれ程の強い術を使うのは」
「あの程度の術は、大した力を使わない」
ベネットは、院長の言葉を遮る様に話し始める。
「第一、魔力が殆ど無い状態で発動出来たのだ。その事実から判断しても、大きな力を使っていない事が判るだろう?」
そこまで話すと、ベネットは手に力を込め、院長の顔を見上げた。
「それが恐いのよ。仲間を想うが為に、自分が出せる以上の力を解放する。今回は、倒れた場所が教会内で、医者の私が近くに居たから良かった。だけど、これが人気のない場所だったとしたら、命は無かったと思って」
院長は、患者の目を見据えた。一方、ベネットは言い返すことが出来ないのか、再び静寂が病室を包み込む。
「いいわ。体のことは、本人が一番良く分かっているでしょうし。それに、私が何を言っても、今の状態じゃ無駄みたいだから」
院長が沈黙を破る様に話し出すと、ベネットは申し訳無さそうに俯いた。その仕草を見た院長は小さく息を吐き、疲れた様子で髪を掻き上げる。
「心配なのは分かるけど、彼のことはアークに任せて休みなさい。ダーム君だって、怪我をしているんだから」
そう言うと、院長は少年の目を真っ直ぐに見つめる。見つめられたダームと言えば、驚いた様子で院長を見つめ返した。
「なんで分かったのかって顔ね。私に会った時は服を着替えていたし、酷かった傷も殆ど消えていたのに……ってところかしら?」
院長は、得意気な表情を浮かべる。彼女の言葉を聞いたダームは目を丸くし、数拍の間を置いた後で口を開いた。
「うん。一度も傷を見せていないのに、どうして分かったんだろうって」
激しく瞬きをしながら答えると、ダームは恥ずかしそうに目を逸らした。少年の言葉を聞いた院長は何度か頷き、ゆっくり左目を瞑る。
「簡単な事よ。君に薬を処方したのは私。更に言うなら、薬を処方する前に、アークから傷について色々と聞いていたの」
院長は、そこまで説明したところで話すことを止め、何度か息を吸い込んだ。
「それに、その傷の原因についてもね」
院長は少年の目をきつく見据える。一方、ダームは悔しそうに唇を噛み、目を瞑った。
「ごめんね、辛いことを思い出させちゃったみたいで。でも、軽い傷で無かったことだけは、理解して欲しかった」
少年の表情を見た院長は、一度大きく息を吐き、片目を瞑る。
「これからも旅を続けるのなら、自分の体力を把握しておかなければ、仲間にも迷惑が掛かる。強がる気持ちもわかるけど、取り返しがつかなくなる前に理解して」
そこまで伝えると、院長は目を細め含み笑いを浮かべる。
「怪我をしていたのは本当だし、あの薬で痛まなくなったのは感謝してる」
ダームは、院長に気を遣わせまいと笑ってみせる。彼の台詞を聞いた院長は目を開き、大きく息を吐き出した。
「私が若い頃の話だけど、軍医として駆り出されたことがあった。遠征中、傷ついた兵士の治療をする為に、医師が必要だったから」
そこまで話すと、院長は大きな深呼吸をする。
「その途中、私は不覚にも怪我を負ってしまった。出血も多かったのに、傷ついている兵士を優先して、自分の治療を疎かにした」
彼女は、一度目を瞑って息を吸い込むと、しっかりとベネットの顔を見つめた。
「その結果、医者である私が倒れて、治療は回らなくなった。運良く撤退が決まったから、亡くなった兵は居なかった。それでも、あの遠征が続いていたらと思うと」
そこまで話したところで、院長は言葉を詰まらせた。