仲間を想う気持ちと自分を大事にすることと

文字数 2,337文字

 ベネットが食事を終えてから暫くして、院長が明るい声を発しながら病室のドアを叩いた。その声を聞いたベネットは入室するよう伝え、それを聞いた院長は大股で病室に入る。
 
「その後の体調はどう? 聞こえた話し声から判断して、大分良くなったとは思うけど」
 院長は、ベッドの縁に軽く腰掛けると、患者の左手首を掴みながら口を開いた。

「脈は前より強くなったし、打つ間隔も安定している。どうやら、あれから大分回復したようね」
 安心した様子で伝えると、院長はベネットの前髪をかき上げ、その顔色を確かめる。
 
「本当に?」
 近くで説明を聞いていたダームは、嬉しそうに目を輝かせた。

「ええ。血色も悪くないし、三日もすれば退院出来ると思うわ」
 院長は、優しく微笑みながら少年の問い掛けに答えた。彼女の答えを聞いたダームは歓喜の声を漏らし、そのままベネットの体に抱き付く。
 
「ただし!」
 その声を聞いたダームはベネットから離れ、声を大にして話す医者の方に顔を向けた。この時、院長は立てた人差し指を左右に揺らしており、どこか呆れた表情を浮かべている。

「無茶をしなければ。と言う条件付きだけどね」
 そう言うと、院長は苦笑いを浮かべた。彼女の言葉を聞いたベネットは気まずそうに俯き、病室に静かな時間が流れ始める。
 
「でも!」
 数分後、気まずそうな表情を浮かべて押し黙るベネットの代わりに、ダームが声を上げた。

「あれをやらなかったら、ザウバーは」
「そうね。確かに最悪の場合、極刑が下されたかも知れない」
 院長は、少年の声を遮る様に話し出し、首を横に振った。
 
「それでも、病院の院長として、あの行為を許す訳にはいかない」
 院長は、言い聞かせる様に話すと、少年の瞳を見つめ返す。一方、何も言い返すことが出来ないのか、ダームは目を伏せ押し黙ってしまった。

「アークから聞いた通りね。貴方達は、仲間の為になると新たな力を発揮する。譬え、それが自らの命を削る力であっても」
 そう言うと、院長は辛そうに深い溜め息を吐いた。
 
「命を削るって、どういう事?」
 そう言うと、ダームは心配そうにベネットの顔を見た。彼の声を聞いた院長は、深い溜め息を吐く。

「今まで意識を失っていた人が、あれ程の強い術を使うのは」
「あの程度の術は、大した力を使わない」
 ベネットは、院長の言葉を遮る様に話し始める。
 
「第一、魔力が殆ど無い状態で発動出来たのだ。その事実から判断しても、大きな力を使っていない事が判るだろう?」
 そこまで話すと、ベネットは手に力を込め、院長の顔を見上げた。

「それが恐いのよ。仲間を想うが為に、自分が出せる以上の力を解放する。今回は、倒れた場所が教会内で、医者の私が近くに居たから良かった。だけど、これが人気のない場所だったとしたら、命は無かったと思って」
 院長は、患者の目を見据えた。一方、ベネットは言い返すことが出来ないのか、再び静寂が病室を包み込む。
 
「いいわ。体のことは、本人が一番良く分かっているでしょうし。それに、私が何を言っても、今の状態じゃ無駄みたいだから」
 院長が沈黙を破る様に話し出すと、ベネットは申し訳無さそうに俯いた。その仕草を見た院長は小さく息を吐き、疲れた様子で髪を掻き上げる。

「心配なのは分かるけど、彼のことはアークに任せて休みなさい。ダーム君だって、怪我をしているんだから」
 そう言うと、院長は少年の目を真っ直ぐに見つめる。見つめられたダームと言えば、驚いた様子で院長を見つめ返した。
 
「なんで分かったのかって顔ね。私に会った時は服を着替えていたし、酷かった傷も殆ど消えていたのに……ってところかしら?」
 院長は、得意気な表情を浮かべる。彼女の言葉を聞いたダームは目を丸くし、数拍の間を置いた後で口を開いた。

「うん。一度も傷を見せていないのに、どうして分かったんだろうって」
 激しく瞬きをしながら答えると、ダームは恥ずかしそうに目を逸らした。少年の言葉を聞いた院長は何度か頷き、ゆっくり左目を瞑る。
 
「簡単な事よ。君に薬を処方したのは私。更に言うなら、薬を処方する前に、アークから傷について色々と聞いていたの」
 院長は、そこまで説明したところで話すことを止め、何度か息を吸い込んだ。

「それに、その傷の原因についてもね」
 院長は少年の目をきつく見据える。一方、ダームは悔しそうに唇を噛み、目を瞑った。
 
「ごめんね、辛いことを思い出させちゃったみたいで。でも、軽い傷で無かったことだけは、理解して欲しかった」
 少年の表情を見た院長は、一度大きく息を吐き、片目を瞑る。

「これからも旅を続けるのなら、自分の体力を把握しておかなければ、仲間にも迷惑が掛かる。強がる気持ちもわかるけど、取り返しがつかなくなる前に理解して」
 そこまで伝えると、院長は目を細め含み笑いを浮かべる。
 
「怪我をしていたのは本当だし、あの薬で痛まなくなったのは感謝してる」
 ダームは、院長に気を遣わせまいと笑ってみせる。彼の台詞を聞いた院長は目を開き、大きく息を吐き出した。

「私が若い頃の話だけど、軍医として駆り出されたことがあった。遠征中、傷ついた兵士の治療をする為に、医師が必要だったから」
 そこまで話すと、院長は大きな深呼吸をする。
 
「その途中、私は不覚にも怪我を負ってしまった。出血も多かったのに、傷ついている兵士を優先して、自分の治療を疎かにした」
 彼女は、一度目を瞑って息を吸い込むと、しっかりとベネットの顔を見つめた。

「その結果、医者である私が倒れて、治療は回らなくなった。運良く撤退が決まったから、亡くなった兵は居なかった。それでも、あの遠征が続いていたらと思うと」
 そこまで話したところで、院長は言葉を詰まらせた。
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登場人物紹介

ダーム・ヴァクストゥーム

 

ファンタジー世界のせいで、理不尽に村を焼かれてなんだかんだで旅立つことになった少年。
山育ちだけにやたらと元気。
子供だからやたらと元気。
食べられる植物にやたらと詳しい野生児。

ザウバー・ゲラードハイト

 
自称インテリ系魔術師の成年。
体力は無い分、魔力は高い。

呪詛耐性も低い。
口は悪いが、悪い奴では無い。
割とブラコン。

ベネット

 

冷静沈着で、あまり感情を表に出さない女性。

光属性の攻撃魔法や回復術を使いこなしている。

OTOという組織に属しており、教会の力が強い街では、一目置かれる存在。

カシル


 HEIGHT:162cm
 WEIGHT:55kg
 HEIR COLOR:Brown
 EYE COLOR:Red


オーマの街で男性を浚い、更にはザウバーまでも僕にした淫魔。
魔力によって他者を操る事を得意とし、外観も魔力によって整えている。
自身で前線に立って戦う事は無く、戦闘能力に乏しい

アーク・シタルカー


ヘイデル警備兵の総司令。

その地位からか、教会関係者にも顔が広い。

魔法や剣術による戦闘能力に長け、回復術も使用する。

基本的に物腰は柔らかく、年下にも敬語を使う。

常にヘイデルの安全を気に掛けており、その為なら自分を犠牲にする事さえ厭わない。

ルキア・ハイター
 
 HEIGHT::169cm
 WEIGHT::56kg
 HEIR COLOR::Brown
 EYE COLOR::Dark Brown
 
ヘイデル教会直属の病院で働く女医。
話し方は無骨だが、若くして院長を務める程の実力者。
アークとは幼なじみの為か、彼へ接する態度からは遠慮が感じられない。

ヴァリス

 

 HEIGHT:185cm
 WEIGHT:67kg
 HEIR COLOR:Black
 EYE COLOR:Purple

 
フェアラでダームを軽々と倒した謎の多い男。
含みの有る話し方をするが、それがどこまで本当かは不明。
自在に姿や硬度を変える使い魔を使役し、人間を追い詰めることを楽しんでいる。

ライチェ

 

 HEIGHT:137cm
 WEIGHT:32kg
 HEIR COLOR:Pink
 EYE COLOR:Scarlet

 
見た目は幼い少女だが、魔族である為に様々な力を持つ。
浮遊したまま素早く移動し、相手に攻撃の隙を与えない。
また、無機物や死者を操る力を有している。
但し、深くものを考えたりするのは苦手の様で、感情が高ぶっている時などは判断力が著しく低下する。

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